3 時 の サ イ レ ン ( 蓉 子 ) 









 耳を塞ぐという選択肢は与えられなかった。彼女が、私の両腕を掴んでいたから。


 目を瞑ることは出来たはずだった。伏せることも、反らすことだって。



 けれど現実には叶わなかった。凍りついたように体は動かない癖に血液は沸騰し始めたかのようでいて。それらに食い破られないようにするので精一杯だった。ギリギリと彼女の爪が食い込む、と感じていたけれど、今思えば実際は、それより遥かに短い自分のものだったのではないか。空気だけが、そう、真夜中のような様子で。吸い込むたびに喉から冷えていった。



 江利子の体は、思っていたより大きくて。私は影ごと入ってしまい身動きが取れない。ヘアバンドが私の髪にも当たりそうなくらい、近く。心臓の音も聞こえてしまっているのかと思うとますます鼓動が速まってくる。



 温室の割れたガラス越しに、歪な影絵が描き出されていた。よく見なければ分からない。よく見たところで、はっきりとは認識出来ない。それなのに草いきれを感じる。彼女の吸っている空気を、傍らにいる相手を、感じ続けてしまう。



 サイレンが鳴り響く。警鐘か、進撃か或いは撤退の合図か。頭だけに響くのか彼女も聞いているのか。分からない。泣きそうになりながら私はサイレンを聞き続ける。



 影になった聖と誰かが重なってまた一枚の絵が出来あがる。小さなスクリーン。遠目からのぶしつけな観客は私ひとり。江利子は彼女たちに背を向けている。その代わりのように、私の方を向いている。



 至近距離に存在する猫のように細められた目が、彼女が捕食者なのだと、否応無しに伝えてくる。色素の薄い髪がくしゃりと掻き乱される音が、サイレンに重なりすぐに消されていく。温室の植物が、与えられた水を吸収するような、そんな音が確かに届く。冷えていく。掴まれた腕が痛い。



 離してとは言えなかった。多分、離されたらふつりと糸が切れてしまう。ずたずたに裂かれそれでも辛うじて残っていた糸が。江利子が更に力を込める。私の反応を見て、彼女たちを見て、醒めた瞳で笑っている。




 鋭敏になりすぎた聴覚が鈍摩した他の部分を補う。自分の息遣いが聖たちのそれに重ねられる。荒い。乱れて、何故かは分からない。違う、本当は。




 ゃ……

 やっと吐き出せた言葉は、掠れて、掠れ過ぎていて、何の気休めにもなりはしなかった。へたり込みそうになる震える足に、必死で力を込める。自重で糸が切れてしまいそう。その前に熱で、溶けてしまうかもしれない。



 金縛りにでもあったかのように動かせない目線の先で、江利子の髪が揺れる。伴って歪んでいくふたりの情景。焼き付いてしまって離れない。
けれど聴覚の方がはるかに、鮮明で。





 サイレンが、鳴り響いていた。
 風を切る音にも、もしかしたら私を切ろうとする音にも似て。





 途切れることなく、ただ、




























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