8 時 の 隣 人 ( 江 利 子 )






一人だからと言って寂しい訳ではない、と思う。



急に吹いた突風は、小枝や枯れ葉と共に私の静寂を巻き上げていった。最も、急に吹かない突風など見たことはない。その無情な優しさは私の心にまで侵入してきて中身を丸ごと掻き乱す。小さい頃、覗いた洗濯機の内部のように。グリーンティを入れたミキサーのように。泡立って、やがて静かになる。



蓉子の姿を見かけた。いや、見つけた。

彼女は風景に紛れる前にいつも笑う。切ないと、きっと人は称す表情は誰にでもないところに向けられるはなむけ。海に放られる花束。薔薇の浮かぶ水面は寄せては引いていく。風はもう去ってしまった。




「聖」

そう形作られる唇が、今、一番の歓喜に満ちているのも、私は知っている。それなのに彼女の切ないという感情はけして減ってはいないことさえ。知っている。
けれど、それ以上のことは、ない。




面白い存在。そう言わしめるだけの要素は完璧を超えて揃っているというのに私には彼女を、どうしても、そう見ることが出来ないのだ。憐憫よりも緩く、甘美な気持ちがまた巡る。渦を巻きせり上がる。




「……ええ、大丈夫よ」

ただのBGMの癖に。どうしてそんなにも澄み渡るのか知りたい。私より僅か高い声音は、心地よいというより、最早風だ。広野を吹き抜ける風。不器用に吹き続ける、大気の震え。



拒絶されたところにより一層、戸惑ったように笑う。未練とはまた違い。ワルツにも似て、年端のいかぬ巫女の舞のようでもあり。真摯にひたむきに。私の方を見もせずに。



これでいいのだ、そう思っている。朝の桜並木には生徒達が集う。ひとりに目がいかなくとも、ひとりに目がいこうとも、それは偶然の範疇に数えられる。例え本人達が必然と思っていようとも。



「ごきげんよう」

その愛想は平等に降り注がれる。私は要らないけれど。素直に享受できるなら今頃、彼女のどこまでも身近な隣人でいたりなどしない。



間には壁がある。防音には薄い。しかし風も姿も通しはしない。もたれることは出来る。蓉子の背も、向こう側につけられているのかも、しれない。



パンドラの箱のように。何故だか希望だけは、残されてしまった。



晩秋の風は冷たい。人の肌より低い温度は皆、冷たい。



「……ごきげんよう」







一人だからと言って寂しい訳ではない、と思う。


触れ合えないとはいえ、隣にはいつだって風が吹いているのだから。


贈り先を持たぬ、哀しいはなむけとして。










































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