1 0 時 の ゴ シ ッ プ ( 聖 )






私を構う前にやることがあるでしょう。



囁きは睦言として陽の中に消える。

微かに緩やかにたちのぼる匂いは、彼女の芝居めいた抵抗と相まって私の糧となる。荒々しく貪るのは本当は好きでもないのだ。とろ火で飴色に焦がされるような、とめどなく流れ出る熱情をゆっくりと解放する、苦痛にも似た時間を共有できる相手など、そういやしないのだから。誰とでも出来る享楽などすぐに消えてしまう。薄利多売のケーキのように。



人の、気配がする。



ぎくりと身体をこわばらせた蓉子が、本気で抗い始めるのを、腕の中に感じる。柔らかに潰す、動きと声、理性。私の名前は、口の中に。迎え入れた温度は熱く、加えて甘ったるいキャンディの味。自分じゃ食べられないからと押しつけた糖分が、まだそこかしこにこびりついている。いつもより余程雄弁な所有権の主張。



がさ、とついに後ろで無粋な音がして。



きっぱりと離してあげたのに、逆にしがみついてくる、華奢な腕。もう立ってられないの? 揶揄しようと近づいたのか、蓉子に引き寄せられたのか。くすぶり続ける熱があがる感覚は、たちまち外部との接点をなくす。収束していく、対象に向かって。私の視線が刺さった途端彼女は艶やかに微笑んだ。仕方ないわね、呟いて笑う目つきと共に。


後でやるからさ、くだらない言い訳も多重的に響く。長い長い鎖を幾重にも張り巡らせていく指の繊細な触覚。飴細工をそっと舌の上で溶かす触れ方は、燃え尽きない埋もれ火を造り出す。


僅かに漏れる蓉子の呻き声のような喘ぎ。精一杯の呼吸が白日の下、蕩けるようで、そのまま纏わりついてくる。与えれば同じだけ返る喜びは、彼女がいるから意味を持つ。太陽より眩しい。喉まで焼かれる錯覚が、現実をじわりと侵食する。



誰もいない。だけど誰かがいる。



頭の片隅に残る理性が、蓉子を曝すことを拒んだ。呆気なく失われていくそれに手を添えて蓉子は、私の目の前で握り潰す。



隙間から落ちる残骸が作った影が、私たちの周りにうっすらと広がった。一枚、また一枚と落ちて行く様を映す鏡は私の欲望を表している。二の腕の柔らかさに目を細めれば、くしゃりと掴まれる私の頭。本能ごと抱え込まれる快感。溶かされているのはどちらだろう。



ウィトネスの気配が消える。息をついた蓉子にそっと啄む口づけは、何よりも甘かった。

































ウィトネス(witness)…目撃者・立会人









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