1 5 時 の 熱 ( 蓉 子 )










永遠よりすこしだけ長い時を、共に過ごした、ような気がした。



仮定に意味など無い。当然分かっている勿論理解している。空想が羽根を伸ばし広げて枝葉に至るまで鮮明に焼けついたところで、その写真に入り込む手段は用意されていない。触れようとした時点で崩れさる儚さ。私は壊したくない。何も。
何も、壊したくなんか無かったのだ。


本能的な拒絶は嫌悪感より寧ろ絶望を先に呼び覚ます。種の運命からは逃れられないという事実を見せつけられた哀しい羽虫だ。火に飛び込む彼等も身を燃やしながら感じるのは絶望だろう。それとも安堵だろうか。受身は時に酷く甘い。


喉を焼く甘さを。素直に甘受させてはくれないのが江利子なのだ。私はむせてしまう。飲み下そうとして、必死に緩やかな世界を見つめる。彼女はこんなときが一番優しい。私は裂いてしまう。強請るように謝罪を口にする。



校舎は監獄だといつか言った。自分からとらえられている癖に、と江利子の嘲笑、でも監獄は安全じゃない、と私の解答。否定は誰もしなかった。繋がれていることに気づかなければ良かったのに、と呟いた繊細なあの子の姿は。ちらつくけれどいつもおぼろだ。濃いのは江利子の影ばかり。



身を燃やすようだと、いつも感じる。焦がすより強く、赤々と大きく。うねって、耐えられなくて、しがみつくように呼びかける。離したくない。燃やすのが江利子なら鎮火するのも常に江利子だ。聖や祥子が点火したところで江利子はきっと隣にいる。辺りに舞うのは何の象徴、或いは残骸、視界を染める白と赤。


雪が降っているみたいね、江利子の呟き。嗚呼私たちは温度すら共有出来ないのだ。ほんの僅かな部分繋がって、それだけで私は酷く平衡を崩すのだけれど、江利子はいつも同じままで。優しいのは分かる愛されているのも分かる不変が普遍が多分彼女の愛し方。
私ばかりが熱を持つ。


哀しかった。涙を出そうと目をこらしても。泣けないからその叫びは切実になった。青写真を燃やしてしまうほど。山を走る火影にも似て、なめるように。江利子の周りに白煙があがる。触れる指先は滑らかに私を包んでいく。縋った瞳は少し苦かった。



一線を越えた私達は逆に実にクリアになった。曖昧にぼかしたインクは唯その色彩だけを明確にしていく。不可逆性の染みがいくつも体に焼き付く。スプリングの効かないベッドからは焦げついた臭いがして。


優劣をつけるのはいけないと知っている。相対評価では無く絶対評価。理想が現実ならもうそれは理想とは呼ばないのだ。諭した時私はどんな表情をしていたのだろう。妙に遠回りに刺さる矢が顔を歪ませるまでに思ったことの端は。

多分江利子が持ったままなのだ。



全てを喩えるなら舌の上で溶けていく市販の風邪薬の味。予防には足らず、遅ければ効かず、だから飲まないのだと言い訳をして抱き寄せる。留まることはアンバランスだととっくに知っていた。不自然で滑稽でだから私たちは変わらない。軸をずらした地球儀の上にそっとふたりで乗っている。




いつまで続くのかいつまで続けられるのか、考えるだけで良かった私たちは多分幸せだった。そう言いたくなどなかったと、それだけは彼女に伝えたかった。




消えたのは私なのか江利子の方なのか、私はひとり、部屋の外にいる。
夕日には早い光の陰がそっと、揺れた。




















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