1 6 時 の 髪 色 ( 聖 )











湿った、匂いがする。


閉塞した感情は捌け口を求め私の中で渦巻いていた。許して許してと懇願している。手を伸ばせば届く、切り揃った断面が私の鼻先を擽るように揺れる。自らの手を握り締めた。殊更に爪を立てて。誰も逆らえぬよう。滲んでも来ない血が蓉子に見つかってしまわないよう。噛みつくように乱暴で、震えるくらい臆病で。溜め息をつかれるずっと前の叫び声はもうその形を留めてはいなかった。私の名を呼ばれるよりも感情的だった気がした。私も一度も蓉子だなんて呼ばなかった。呼びたくなんて無かった。愛情とか友情とかそんなくだらない呼称のものなんかとは無関係だ。名前なんていらない。そんな甘い言葉だって吐けた。しなかったけれど。甘さなんて存在しなかった。ただ、白昼の中、蓉子の髪は呆れるくらい美しくばらまかれていた。散文的かつ韻文的に。徹底的に。全てを取り出してみれば多分そういうこと。


少し疲れた空気がばらけている。冷え込む夕方、西日はもう容赦が有りはしない。光だけを強烈に伝えてくる。焼けそうに焼き尽くされそうに。部屋ごと静止した私たちはその舌に絡め取られる。小さな舌打ち。ちらりと落ちてきた視線は一呼吸分私の身体を舐めた後で放棄された。まるで立ち読みの本のページ。何も庇護の無い背中が燃やされる。本当に読書をするつもりなのか、サイドボードに伸びた手の細さに悪態をついた。眼前の髪が流れ、消える。


だから掴んだのは反射的。制御から抜け出した私が頭を振って起きあがる。痛いという蓉子の返答が無駄に常識的で私は嫌になってしまう。多分、自分に。呪詛の言葉を呑み込んで今度は両手で捕まえた。私の隙間から蓉子の顔が髪が照りはえる。焼けつくままに。互いに反らせなくなった視線。こんなときだ。私が心底叫びたくなるのは。静寂を破り蓉子を壊して。多分自分が壊れたいのだ。傷ついたことさえ気づかないくらい迅速に。蓉子のその声で決定的に。

有り得ない仮定は私をいつも急かしたてる。夕の気配が駆り立てる。力を込めすぎて抜けてしまったものが数本、音も無く白に落ちた。もうぐしゃぐしゃだ。落ちたその瞬間だけを捉え私はその後を知らない。蓉子の呼吸が聞こえる。ここにいて染まらないのは彼女の髪と存在と。信念など私には無い。ぼろぼろに崩れていく中彼女の姿が見える。だから今私は蓉子の前で。

頭を垂れるよりも罪を重ねることを選んだ。もう、いい加減にして欲しい。私がここにいるのはただそれだけなのだから。




細腕は私を捕らえ離さなかった。縛られているのはどちらなのか私は考えもしなかった。変わらず静かな中、息は真っ直ぐに私に飛び込んでくる。離れない。離さない。






この乱暴過ぎる感情の呼び名を、私は未だ知らない。






























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