21時の約束(蓉子)









「それじゃ、また」


明確な期間は決めない。強がりと言うより、弱くなってしまわないため。少しずつ少しずつ間隔が狭くなっていつか一緒に暮らすようになってしまう。そんな魅惑的な誘惑を遠ざけるため。口を一度きっちりと引き結んで、それから徐々に緩めて。貴女の隣にいる私でいられるための無様なプロセス。



大学までは別々に暮らそう。どちらから出た意見かなんて、もう記憶の遥か彼方。不必要な情報は消えていく。肝要なのはだから、の先の話。
卒論は腕が鳴りそうだね。弾んだ声に慰められて私も素っ気なく聞こえるように、そうねと返した。待ちきれないのは私の方なんて、絶対に言ってあげないと決めている。ことある毎に楽しみだと連呼する聖はそれだけで十二分に幸せそうだから。笑いながら抱きしめられるだけで、私も満足してしまうから。



引っ越すことになるのだろうか。二人で住むには手狭なアパートの室内にはもうこのまま二人で暮らせるくらいの私物。お揃いのマグカップを聖が持ち帰らなくなって最早数ヶ月が過ぎ去っている。



くっついていられるからいーじゃん

自分の苦手な夏の暑さを、きっと失念してる脳天気。しかも過剰とも思える程に始終薄着でいられては、本人はともかく私が持たないのだ。抜けるような白さは室内灯の下でも勿論健在。目を逸らす私にまた笑顔。残念ながら逃げ出せるほど、この家の広さは無い。


捕まると必ず聖の方を向かされる。繊細な指は私では振り解けない強さで頬を包み込む。離れると次は背中に回る。二人用のソファなのにぎしり、音を立てるのは何故?




そのソファの端にそっと腰掛ける。音は鳴らない。テレビのリモコンを机上に放り出す。一人で過ごすには少しだけ広い空間。




来訪者に沈黙を破られて「微妙に不機嫌だ」と称される表情になってしまう。一人でいたのに二人の時間を邪魔されたような心境。沈んだ気持ちと裏腹に立ち上がる。事前にメールを寄越さないのだから多分知人ではない。十中八九セールスのスーツ。けれど、こんな時間に来るものなのかと半分呆れながら誰何する。


覗き窓から見ても見えない姿に悪戯かと憤慨しかけたとき。
ドアに張り付くように有り得ない声が聞こえた。




「へへ、来ちゃった」


合い鍵を持っているのにチャイムを鳴らす。時々聖はこんなことをする。まるで……私が良くするようなことを。



「さっき、別れたばかりじゃない」


「次がいつって決めて無いもん」


そして私が必死で築いた防波堤を、こうもあっさりと破ってしまうのだ。



「……約束してないのに」


「してないんだから破ってない」



無茶苦茶な理論で室内はまた少し狭くなる。キイと玄関が、知らぬ間に閉められて。




……まだ、一緒に暮らしてはいないわよね




自分に言い訳をひとつして顔を緩めた。























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