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ある朝起きたら、蓉子は聖になっていた。




ごめん嘘。
聖は蓉子になっていた。こっちね、こっち。
取り敢えず私の意識は佐藤聖。なんだけどなんていうか……体の感覚がおかしい。
髪、かきあげてみたら変によく通りがいいし指を開いてみたら蓉子の手だった。
いつもよりほんの少し目線も低いし、抜いてみた髪は黒かったし。鏡は見てないけど、決まり。
あ、でも鏡見れば蓉子の今まで見られなかった表情も出来るってことだよね、これ。
やった、と呟くと凄く微妙な心境になった。……迂濶に口開かない方がいいな。


さて、鏡……と。
洗面所に行こうと足を踏み出すとぐにゃりという感触がした。
うーん……、なんていうか不快じゃないんだけど余り感じたくは無かったっていうか普通に人体の弾力。
しゃがみこんで見てみる。

私だった。


……えーと、蓉子さん?
どこへ行ってしまわれたのですか?普通こういうのって入れ替わりがセオリーじゃ無いですか?

目を閉じて死んでるような私に触れてみる。蓉子の手で。なんていうか、今までの願望を地味に果たしている気がして切なくなってきた。
瞼をこじあけると瞳孔開きかけてるっぽい。うわぁ、結構気持ち悪い。
……てか、そうだった私じゃん。これ、戻んのかな。

「……蓉子ー」

困ったときの蓉子頼み。

「何よ」

……へ?

ここら辺でそろそろ私の頭の許容量は一杯になってきた。やっと覚醒しただけかもしれないけど。ちょっと待て落ち着こう。

「ええそうね、落ち着いた方がいいわ」

……私何も喋ってませんよ?

「どこにいるのよ、蓉子」

くすくす
笑い声が頭に響く。

「貴女と同じところよ、聖」

……は?

「喋らなくても聞こえるわよ。それにこれ、元々私の体よ?」

どちらかと言えば邪魔なのは聖の方、っていえそんなこと言われましてもね。
私は生憎元に戻る方法なんて分かんないし、分かってるなら放って置かれてる私の体の方を寧ろなんとかして欲しい。
死後硬直が始まってます、なんて余りにぞっとしない冗談だ。

「はいはい」

返事はひとつ、っていつも言ってる蓉子が珍しいな、なんて大層場違いなことを考えていると目の前の物体(もとい、私)がいきなり動いた。

「ん……」

右手で目を擦って、一度首を振る。いつもの、蓉子の起き方。

「……ああ、やっぱり話さなきゃ通じないのね」

うーん……、これで王道、かな?

「おはよう、聖。……で、いいのかしら?」

……いいのかな。
自分の声を他人として聞くって新鮮、なんて思う。でもイントネーションや間の取り方はしっかり蓉子。
蓉子はしげしげと(元)私の体を眺めている。いつもはなかなか正視してくれない癖に。

というか何で蓉子はそんなに平常心なんだ。疑問。

「……おはよ、蓉子」

一応朝の挨拶。日常生活にはこういうささやかなことが重要なんだよ?

体を検分し終ったのか、蓉子はやっとこちらを向いた。
話したい、じゃなくて聞きたいことは沢山あったから私も蓉子に倣ってベッドの縁に腰かける。
ただの平凡で幸せな朝、だった筈なんだけど、なあ。心中でぼやく。口に出すのは経験から学んで、自粛。

なぜだか急に蓉子は慌てたように立ち上がった。別にふたりくらい座れるけど?

……と。何かを見誤ったのか体格の違いに戸惑ったのか蓉子はバランスを崩した。
とっさに手を差し出した私も自分の今の力を失念していて。おかしいな、と思う間もなく視界は天井、背後はシーツ。
互いの片手だけが奇妙に絡まっている。まあ有り体にいってしまうと、押し倒された。

これは蓉子の方も完全に想定外だったようで、真ん丸な瞳が眼前にある。現状把握は私の方が一瞬だけ速かったみたいで。
その一瞬で体勢を逆転させる。どんな体でも、うん、こっちの方が落ち着く。

……って、いや別に私、自分の姿してる人に向かって何かするつもりは無いんだけど……。
蓉子は真っ赤になって手を振り払おうとしてくる。なんだか受け流すのが凄く大変、っていうか無理。
私は少しだけいつもの蓉子に同情した。その人の立場にならなきゃ分からないことって沢山あるね。社会見学の感想みたいな言葉だけどさ。

腕を引き離して、自由になったはずなのに蓉子は動こうとしない。
ちょっと待ってよ、本気?蓉子そういえば探求心強いからなあ。そりゃ私も興味が皆無ってわけじゃないけどさ、あー、でもやっぱり。

「……ごめん無理」

同時に出た言葉に、笑いが弾けた。
なんだか無性におかしくて、馬鹿みたいに転げるように笑って。周りが涙でにじんで、気がついたら。



元に戻っていた。



……もう驚くのも面倒臭い。


「蓉子?」

うん、いつもの私の声。

「ぅ、ん……。…なあに?」

眠そうな返答。ちょっと待って寝オチですか?そんな、古典的にも程があるでしょう許されるものですか?現代人として。
あ、因みにこれ反語仕様。

「あの、さ……、さっき……」

私たち逆だった?って続けるつもりが途中で詰まり再会のタイミングを見失う。
蓉子はきょとんとした顔。嗚呼超絶的に可愛い、ってそれは今は関係無いか。

夢だった、のかなあ。

なんだか空しくなってきて布団に潜り込むと腰に嫌な痛み。自分に呆れ返って手の平でさすっていると、急に思い出した。

……ここ、さっき私が踏んづけたところだ。

そうっと覗き込むと記憶と同じ場所に、黒髪が落ちている。
これだけで断定しまうのは浅はかかも知れないけど、でも、そういうこと?

そっと蓉子の方を窺うと、はっとした顔をして目が泳ぐ。
隠し事最近下手になったよね、いい傾向。私の前限定ってところが勿論大切なんだけど。

「え…とね、その……」


「……この間聖、言っていたじゃない」

はて。
この間……?蓉子との過去は有り難いことに沢山あるんだけど、私の記憶容量は残念なことにいまいちよろしくない。
ひとつずつ引き出しをあけていく。入れ替わりたいなんて言ったっけ……?ええと、これじゃなくて、……あ。


“蓉子とひとつになりたかったなあ”

……これか。
半分くらい睦言だったじゃない。うん、嘘はついてなかったけど。
それに過去形だよ?と細かいつっこみをしてみるけど結構屁理屈だとは自分でも思った。
一応口に出すと蓉子はまた紅くなる。首筋って染まると色っぽいよね。

「だから……」

私を蓉子の中(精神的な意味でね、)に誘い込んだ、と。
……何となく凸ちんが絡んでそうだな。

「でも…ね、」

「……聖の考えること聞いてたら、何か恥ずかしさに耐えられなくなってきちゃって」

……私、何考えてた?
思い返してみるけど、別にいつもと同じなような。
どこが?聞いてもこの状態じゃ多分答えてくれないだろうし。

「ん、分かった」

本当はもっと色々気になってることとかあったけど。何で私からは蓉子の考えてることが分かんなかったんだろう、とかね。
でもそれよりも。

「…きゃ……!」

ああ蓉子の声だ、と改めて思いながら彼女を見下ろす。うん、確かに蓉子とひとつも悪くなかったけど。

彼女を抱きしめられる腕があった方が、いいなあ。

囁けば視線が交わる。何かをつむごうとした口は取り敢えず塞いで。

ようやく私たちのいつもの、朝が始まった。


(え、間違ってないよ?朝のキスは挨拶代わりだし………ちょっと、痛いって蓉子!)



END













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キリリクにお答えしまして、「聖蓉でギャグ」でした。ユラさまへの献上物になります。
結局頭の悪いコメディになりました。うーん……精進します。

















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