日常







カタリと揺れたグラスに指を添える。
その半透明の硝子製品は少しだけ色を付けて。中に入っている溶けかけの氷が涼やかな音を立てた。
午後2時半。


発端は、何気無い一言。よくある話。
些細なことで臍を曲げられて、こちらも自棄になってしまって。こんなことで別れ話になるとか、お互い思ってはいない癖に。無性に心配でそれしか考えていられなくなってしまうのは愛の成せる業かしら?……なんて。

……重症だわ。

すっかり薄くなったアイスティーにつかって。氷だけが静かに溶けていく。肌寒い程に冷房の効いた店内。待ち合わせは40分。



…喧嘩する前の口約束を引きずっている私。やっぱりちょっとおかしいかしら。未練がましい。我慢強い。両極端よりは少し狭い範囲での意見に苦笑してしまう。後5分待ったら、ドリンクバーに立とう。ごく小さな枷を自分に課して外を見つめ続ける。チェーン店のロゴの入った窓からは堪らなく熱く見えるアスファルトが延々と続いていて。2杯目の紅茶はストレートにしてみようかと不意に考え、硝子をカツリと弾く。ほぼ同時に店のドアが騒々しい音を立てて開いた。



振り向いた先にいたのは今一番会いたかった人物。慌てて目を反らすけれど案の定見つかってしまい一瞬絡んだ視線。



……ああ、本当に重症。



過度な笑顔に自分の表情も緩んでしまって。おまけに口論の原因までどうでもよくなってしまった私は向かい側に座った聖と入れ替わりのように立ち上がる。



仲直りの挨拶を考える時間を作るために。

紅くなってしまった顔を隠すために。

それから、甘さ控え目のアイスティーを作るために。




グラスの氷は既に溶けていて小さな小さな音を立てた。













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日常 2










「蓉子、お待たせっ!」


薄曇りの空の下、いやに明るい声がかけられる。反射的に腕時計に目を落としてから溜め息をひとつ。


「何分の遅刻だと思っているの?」


「えー、思ってる時間と実際の時間ってイコールじゃないんだよね」


またくだらない屁理屈を。
溜め息を連発するのも憚られたがかといって今回は私が悪い訳でも無いだろう。そっと視線を聖に戻せば彼女は少々膨れていた。パシリと頭をはたいておく。聖の方が私より背が高いのだから自然背伸びをする格好になってしまう。一瞬呆気にとられた顔、それから笑って、更にはにやにやし始めた。いやだ、また変なことを考えてる。


「蓉子ー」


何をするためにか伸ばされた手を掴むように握って歩き出した。ランチの筈なのにランチタイム終わってしまうじゃない。急げば間に合うかも、っていうのが悔しいの。だから急ぐわよ、聖。


広場を突っ切って歩く。こんなことなら最初から店で待ち合わせにしておけばよかったかしら。でもそうしたら私が食べ終わってから聖が来る計算よね。


「あれ?蓉子から手を繋いでくれるの珍しいね。」


いかにもわざとらしい言い方にパッと手を離そうとする。けれど案の定聖がしっかりと握ってしまっていた。離して…とは言えないのよね。嫌じゃない、もの。


「何?」


その笑顔が悔しくて嬉しくて。


「いいえ。」


そしらぬ顔で返す。遅刻をあっさり許してしまったことに気がついて少しだけ苦い気持ち。
ちらちらと見え隠れしているレストランの看板。


「間に合った、かしら。」


「そうだねー。危なくランチ食べ損ねるところだった。」


「誰のせいよ。」


「むー、まだ言う?」


言うわよ、だってやられっぱなしは悔しいでしょう。
でもそれもここまで。タイミングよく聖のお腹が鳴って。思わず声をあげて笑ってしまった私がいて。聖がそ
れにすねて今度は私が軽くはたかれる。避けるのは真似だけ。勿論、はたくのだって。




結局、溶けた頭で食べたスパゲティより、聖に一口貰ったアイスの味の方が鮮明に残っていて。この日の記憶がモカと曇り空だけになっていくのはもう少し、先の話。














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拍手・聖蓉第二段。甘い甘い。

















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