聖蓉




せい、の髪が、私を擽る。ぽつり、したたって、やわらかく流れてゆく。

眼前に開くまばたきが、見つめられるより強く。私をきゅうきゅうと、縛りつけてくる。胸の奥に溜まる砂のような紅は、少しずつゆっくりと粘性を持つ。とろりと溢れようとする、かき混ぜられたその縁まで。蜜にひかる彼女の指先。

しあわせそうに笑う、頬が近づき私の頬へ。擦りつけられている、熱さより耳に響くひらがなが燃える。吐息の合間に流し込まれる、色の濃いささやき。

混ざり合う。綻びはらはらと散る欠片は、しおからく口に溶けた。ちろり、舌が覗く。微かにさしいれられた、毒が廻る。全身をおかす前に、きっと私は、

とろけてしまう。

微かな予感。聖の感情が溢れむせかえる私の喉。きつく吸われ、だらしなくしどけなく開いたまま、唇はあなたを呼ぶ。

まるでしがみつくかのように。
















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聖江




見つめられるのは私であって私ではない。細められた眼の光が、爛々と燃え上がって、青い炎を生む。嫉妬なんかより遥かに熱い。のしかかる彼女は質量的には憎らしいくらい軽くぐいぐいと胸を押しつけてくる。首に噛みつかれる、犬歯は猫のように鋭い。世の中の矛盾を体感しながら私は息を詰める。声なんて、出してやるものか。

投げやりなキスを避けヘアバンドをくわえると真っ直ぐな髪は私の上に散らばった。むず痒い。瞬間の江利子の驚きは、すぐに私の視界から消える。塞がれた目蓋の裏は白く、空いた右手を私は背中に滑らせる。シーツより冷たい。

ビデオテープを早送りするように、私たちは行動している。やることは決まっている、お互い分かっている。言葉では解決出来ないから、手を伸ばす。伸ばしきらないうちに、彼女にぶつかる。


手の平を放され見えたのは格子模様の浮かぶ天井だった。彼女の背中から頭に回った腕で掴めるのは、やっぱり、言語化はできそうにないものばかりなのだった。









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江蓉




くたりと折れるのは肢体。気丈な精神が、ぶれながら崩れていく、特別でもない、ある日の夜。

なぐさめる言葉は持っていた。理論的な材料も、ぐすぐすに甘いただの情も、あふれるように浴びせるくらいは出来た。

私が拒絶したのだ。何もうめない癖手放したくはない、利己的な私が。あなたしかいないの、と縋ることばに、それは嘘だとさとしたかった。錯覚は本人にばかり甘い。周囲の現実という奴は、私のように本心を隠す。


誤解されると、知りながら。


うめくようなすすり泣きは、私の腕の中に落ちていった。殊更無表情を装う私は、一体本当はどんな顔を向けたいのだろう。抱きしめているやわらかさが強張るのは、私のせいかもしれないが、私のためではない。それでも何度でもなかせてしまう。無防備な姿に、どこか安心するからだろうか。

自嘲を指先に乗せ、蓉子を撫でていく。苦笑したくて出来ない、私の、代わりに。










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聖蓉




苦しくて苦くって。

カカオばかりのチョコレートみたいだ、と誰かが私に囁いた。



私を待つ彼女は、随分前からその呼吸を上げている。ちらちらと合う視線は、確かに私に強請っている。言えない蓉子、動けない私。もう耳に染み込んだ、あえかな吐息。

私よりずっと優しい。

少し眉根を寄せた、辛そうな表情。震える唇は、私の舌を受け入れる。吸い寄せられた、私はきっと意地悪なのだろう。焦らして放り出した彼女を抱きしめることもしない。

できないのだと言ったら、でも君は赦してしまいそうだ。

きゅっと絡みつく、蓉子の両腕に、先刻までの感触が蘇る。漸くなぞり出す私を、止めようとはしない悲鳴は、くぐもったままで伝わった。濡れ切った目尻を拭う。唾液を擦りつける。

ずっと私しか見ていない蓉子を、受けとめる自信が私には欠けている。そんなもの要らないのよ、ときっと彼女は笑うのだろう。そして私を、いだくのだろう。

予感を裏切らない彼女に、だから私は恐怖してしまうのだ。

思いきり締めつけられた中指と人差し指が、多幸感を纏わりつかせながら、私を笑った。










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江蓉






痛みは私にやさしかった。


見透かされている、と思う。江利子に抱かれるたび、漏れてしまう甘い声は、私の本心なのかもしれない。すぐに陥落する夜毎に、滲む視界は、誰も見たくないという、自己防衛なのだろうか。真っ白な脳内で、必死で縋る相手を、私は江利子と認識出来ているのか。私の疑問を全て分かった上で、彼女ははぐらかす。

安心できるなら誰でもいいのかしら、とぽつりと落ちたのを捕まえて、聖みたいね、と笑う江利子。わざとだと知っているから、息が詰まった。握り潰される私の感情。哀しみも苦しみも。全て消してくれるなら、喜びなんて要らない。

それなのにいつも私は達せられる。

聞いているくせに、聞き入れてはくれない。もう無理だと叫んだのは、随分と前だというのは分かる。正直になって良いのよ、と抓るような刺激。神経が混乱する。私は私の限界なんかもう見たくないのに。

江利子、と呼べたのは分かった。そこに込められた感情までは、私にはとても把握できなかった。








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ほんのり不健全祭。
あまり幸せじゃないのは仕様です……。








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