薄く隔てる(聖蓉)




やっぱり、ひとつには、なれないのだ。


ざあざあと雨、未だに少し表情を曇らせる彼女。誘うように覗き込めば、ぼんやりとした瞳。輪郭が曖昧だろうととてもきれいな、薄い色素の真ん中には、私が映っていたから。私の方から聖に近づくために、もう一度布団に潜り込んだ。


怠惰な休日の予感を打ち消して、寝起きにも見紛いそうな聖に触れる。それを取られ虚ろなままで、ぐっと押さえられる肢体。昨夜あれだけしたじゃない。溜め息はせっかく着た青い部屋着を掴む聖にか、彼女の重みだけでどくりと疼こうとする身体にか。蓉子、消え入りそうな声音に出来得る限りの返答を。


肌を通してしか感じられない聖と最大限に繋がりたいから。羞恥が消える瞬間、聖にしがみつくよりは抱いていたい。そんな思いを込めた腕でもって、彼女の頭を抱き寄せる。肉体を纏ったまま触れ合うだけで至福なのだと、伝えるために。


(だって別個の存在だから、彼女を癒せるのだ。)

















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搦め取る声(江蓉)




溺れてゆく。


ひっかかる言葉の数々が、いちいち私をたまらなくさせる。疼く芯。なめらかに滑って安心させてくれるくちびるなのに、開けばざくざくと私を縫い止める台詞。標本になった心地、呟けばそれすら塞がれてしまう。当たり前のような蹂躙。優しいから、その動きに陥落し身を任せる。生理的な涙は拭ってくれるし、精神的なものなら見ないふりをしてくれる。或いは、私を傷つけるために揶揄してくれる。私の奥の奥の願望までさらけ出す江利子は、今は頬をそっと撫ぜた。だから、きっと、私は優しくされたいのだろう。蓉子、と耳元に響くだけで、漏らしてしまう声。


恥ずかしいけれど、もう意思だけでは止められない。満足げに笑うあなたがこれに少しでも煽られてくれるというなら。


背筋を通り脳髄を溶かす痺れ。江利子が食む耳朶から次々と流し込まれる囁きに。搦め取られるのは本当は心。繋がれた手も、押さえつけられている腿も、悦楽を増幅させる材料に過ぎない。


…堪らないわね。私が言わせたのか実際に思ってくれたのか、低めのメゾ・ソプラノ。退路を断たれ、幸せを感じる私はまたひとつ、江利子に刺され捕らえられ抱かれている。











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主導権は誰にも無い(江蓉)




抱いて、と。その瞳が言っていた。


ふたりがけのソファに投げ出されたままの手は、憎らしいほど動かない。どちらにも理性が溢れている中、言葉も何もない。近づけば満足そうな笑みがちらり。断られるとは思ってなかったくせに、どこか安心したような表情も見せたから、裏切ってやろうかと触れるだけのキス。余韻すら殆どないだろう接触に、一瞬慌てるように、それからそっと、私を抱えこもうとする両の腕。袖口をくすぐりながらなぞり、くくっと笑みを殺す。高度でも低レベルでも、駆け引きは好きだ。捲りあげるように肩口まで。


ここでいいの? 駄目って言ってもやるんじゃない。やりとりとは裏腹にどんどんと外されていく私のボタン。片手を押さえぺろりと舐めてやればシャツが引っ張られ。首が痛い。そのまま倒れ込む。じんわりと汗と香水のにおい。


ばさりと落ちた私の髪に、蓉子が笑いながら身を竦めた。なかせてあげるわよ。それは楽しみね。まだ健康的な声音に姿。焦らすくらいゆっくりと脱がせてやろう、そう思う私の下着にもう蓉子は手をかけている。


取り敢えずの仕返しとして、肌をさらしている首筋に、きつくきつく吸い付いた。











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それは生温い人間の味(聖江)





飽きたらおしまい、と決めたのが最初。まだ箱庭の中で暮らしていた頃の、生易しい記憶。安寧を得ていた少女たちと違ったのは、私たちは、これは一時のものに過ぎないと自覚していた点だ。だから遊ぶか、反抗するかだけが、きっと性格の差。結果私たちは手を結んだんだから、さして意味は、ないけれど。


今でも何故だか続いている、多分互いに飽きてはいないからだろう。主導権の取り合い、勝利した時の高揚に負けて得られる快楽。すさまじく刹那的で、だからだらだらと保たれてきた関係。約束なんて不要だ。陶酔も欲望も地についている。甘ったるい愛情より、ずっと安心して享受できる現実。


江利子と作り出す、それは生温い人間の味。











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喉元過ぎても(聖蓉)




蓉子とずっと一緒にいられるかなんて分からない。だから、私は毎日、必死なのに。


漸く手に入れた彼女。私はあなたを失いたくないのよ、告白を拒絶する時漏らされた言葉。瞬き程の至上の幸福より、不満足な安定を。蓉子らしい臆病さ、でも私も分かってしまったから、だから更に言い募ることはできなかった。喉の奥に飲み込まれた感情。けして消化されないまま、私を蓉子へと向かわせ続ける動力。


少しずつ彼女の理論を削っていったのは、私の根拠のない情動。相手の都合も抵抗も無視して抱く割に、恐る恐るとしか触れられなかった私。十何度目かの後悔の後、蓉子はそっと、私に愛を囁いた。やっと痛がらずに、快楽が追えるくらいになってくれた頃。


手に入らない辛さより、別離に怯える苦しさがまさってしまった。幸せで舞い上がるより先に感じてしまったしこり。昔飲み込んだ、あの苦味が私を蓉子を縛りつける。明日なら、時間が取れるから、なんて。明日までこの関係が保たれている保証もないのに。


地雷を踏まれる度に私は蓉子を手に入れ直そうとする。少なくとも今は私の恋人でいて欲しいから、抱きしめる。強く、強く。









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微エロ10題前半戦。
後編戦はいつになるやら……。








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