御題「癖」












いつも背を向けて(聖×江利子)



江利子が私と向かい合って寝ることは殆どない。

いつも背を向けて。背を向けあって、眠りに落ちる。お互いさまだ、ときっと彼女は言うのだろう。そしてそれはその通りなのだろう。

疲れを痺れにして表す身体の先にある手を結び、開く。今日は私がなかされる方が多かった。喉も枯れ微かに痛む。早く眠れと全身が訴えている。

概ね本能には忠実に生きているが、生憎自分の身体を労る思いやりの持ち合わせはない。ぐーとぱーを繰り返す両手はさっきまで江利子にしがみついていた。多少のマゾっ気でも無ければ彼女の恋人なんかやっていられない。

「……おやすみ、江利子」

今日も私たちは背中合わせに眠る。求めるものと地球一周分、離れたままで。
















--------------------------------------------------------------------------------------





弄ぶ指先(江利子×蓉子)



「江利子、それ、好きなの……?」


ぼんやりした蓉子の声。単純に眠そうな様子で仕草で、私を見もせずに、ふわ、と欠伸する。繕わずあけられた口から、小さな犬歯が覗く。……本当は動けないから手を当てられなかっただけ。疲れてます、と蓉子の全身が私にまで告げている。


「そうね」


さらさらと髪を撫でる。ひと房ふた房、手にとって根元を掻いて撓めて遊ぶ。手の中の黒髪は優しく私の行いを許す。どこまでも蓉子らしい。毅然とした瞳と並んでいっそ蓉子の象徴とさえ思ってるのは多分私だけじゃない。


「嫌?」

「…ううん」


気持ち良い、とまでは言えないまま。頬をわずかに染めた蓉子を腕に抱えた状態で、私は蓉子の髪に触れ続ける。後戯というなら後戯なのだろう。実は一番幸せかもしれない、なんて言ったら、このお姫さまは拗ねてしまうだろうか。


「好きよ、蓉子の髪」


蓉子なら本当は全て、とまでは言わないまま。うっとりと目を細める蓉子が完全に眠ってしまうまでは。ずっと、ずっと。












--------------------------------------------------------------------------------------





「ほらまた言った」(聖×蓉子)



「ほらまた言った」

いちいち私の失言を指摘する聖は醒めた目をしている。


「蓉子ってさ、誠意がないとは言わないけど」

蓉子の誠意って、私は嫌いだな。
誠意だけで愛されてる気がするから、と呟く聖を私は止められず抱きしめられもせずに。


「……ごめんなさい」

「やめてよ」

日常を離れると途端あなたに怒られる私。もう愛想を尽かしただろうに私と恋人でいるあなた。ふたりの愛の所在を知りたくて知りたくない。


「……ごめん、なさい」

「だから、やめて」

愛の代わりに謝罪を許しを鎖にして、ふたり。













--------------------------------------------------------------------------------------





少し左に目を逸らしたら
(志摩子←聖×蓉子)



「抱きしめてあげればいいじゃない」

「それは、私の役目じゃないから」


「……そう」


あなたの役目ならよかったのにね、なんて。私を守るための言葉なんて要らない。私が飲み込んだものを聖はわかっているだろう。握られていた手に血が通わなくなり、熱に浮かされる時のにも似た痺れが訪れる。

無意識に手を当てる、あなたのその仕草は見たくない。視線はわざと向けない、その代わりとでもいうように、あまりに愛しそうに撫でる仕草。嗚呼その指は私に幾度も触れ、私を貪り穿ったのだと、誰かに声高に主張したい気分にかられる。


少し左に目を逸らしたら。

無形のロザリオの先の少女が、私にも見える。












--------------------------------------------------------------------------------------




全部知ってる、だって(乃梨子×志摩子→聖)



「……乃梨子」


震える志摩子さんを優しく抱きとめる。出来る限り優しく。この繊細な人を壊さないように、守ってあげられるように、腕に愛を乗せ慣れない体勢に誘導する。私の方が小さいから、本当は少し苦しい。だけどそれを見せないでいられるくらいには私は成長している。少なくとも今は。


「志摩子さん、……良い?」


こくん、と、承諾が、すぐ目の前で。頭を抱きぽんぽんと肩を背を一定のリズムで叩くと志摩子さんは落ち着く。うろうろと定まらない目つきで無いものを探す時志摩子さんは儚く消えてしまいそうになる。そんなの嫌だから私は引きとめる。


「……ありがとう」


首に腕を回すのは志摩子さんの癖。途中で小さく爪を立てるのも、なんとか泣くまいと頭を振るのも、最後に感謝を囁くのも。
全部知ってる、だって。

本当はここにいるのは、望まれてるのは、私ではないのだ。そんなの嫌だけれど、私にはどうしようもないことはどうしようもないから。せめて、と私は覚悟を決めた。志摩子さんを愛することだけなら私にもできるから。


「ううん、気にしないで」


気づかないで、拒絶しないで。











--------------------------------------------------------------------------------------


御題ブーム到来。
糖蜜の塊以外の現白を模索し始めたのも多分この頃です。










inserted by FC2 system