御題「癖」












いつも背を向けて(聖×江利子)



「お休み、江利子」


その睦言は幻聴だったかもしれない。

ゆるい目覚めは怠惰の方向性に傾いていた。昨夜面倒が勝ってそのまま寝てしまったせいで、乾いたあれこれが薄い皮膜となっている。不快感に眉を顰めるとベッドの隣が軽く音を立てた。どうしてわざわざ一緒に寝ているのだか。服を着たままの聖の方が、むしろ汚れているように見える。染み込んだか張りついたかの違いだろうか。身に纏うものを落とせば落とすほど防壁は厚さを増す。警戒を本能が命じる。
寝首を掻いてやろうかと思うくらい幸せそうに寝ている聖の鼻を摘まむ。当たり前の反応として顔をしかめ、絶世の美貌とやらが情けなく歪む。面白いものではないがつまらなくもない。だから聖がここにいるのだろう。
いちいち理由が必要な生き方はしたくなかった。その意思の証明として、私は肌をむき出しにしたまま風呂場に向かう。ほんの僅か身体を覆う感傷を無意味な睦言ごと流し去るために。
















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弄ぶ指先(江利子×蓉子)



頭を覆う、優しい感触。


「江利子、それ、好きなの……?」


夢と現をさまよいながら、ぼんやりした頭で江利子に尋ねる。眠たくて漏れる欠伸、手で隠せずにほんの少し恥ずかしい。勿論江利子が咎めないことは知っているし、この身どころか心まで彼女に委ねてしまっている自分も最近はもう一種の諦めとともに受け入れている。行ったり来たり、な意識の隙間に、江利子がいてくれることが嬉しい。この恥ずかしさは、胸が痒くて、じたばたしたくなる初恋に似ている。


「そうね」


幸せな疲労。全身に広がる、江利子の名残を、今は言葉と指先と手の平で、ただ。惜しむなんて勿体ない、まだ増やせるし感じられる。撫でられる髪が江利子をあまりに無防備に通すのを、ゆっくりと実感し続ける。不安はもうない。波打ち際で遊ぶ江利子が私に深く分け入ってくる。


「嫌?」

「…ううん」


気持ちいい。もっとして。わがままを言っていいなら現を手放すまではずっとこうしていて。
顔に集まる血をどうにもできぬまま、江利子のパジャマの裾から手を離さずに。コントロールできる自己なんてそう多くは無い、けれどどちらにしても江利子を求めているというのは幸福が過ぎてくすぐったい。


「好きよ、蓉子の髪」


余韻に浸るだけでこんなにも蕩けてしまう今の私には丁度良い告白が、現の私を緩く揺すった。












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「ほらまた言った」(聖×蓉子)



「ほらまた言った」


蓉子の失言を看過できない私の心境を、きっと蓉子は知らない。


「蓉子ってさ、誠意がないとは言わないけど」


蓉子の誠意って、私は嫌いだな。
誠意だけで愛されてる気がするから。試験勉強や目上への愛想みたいに、して当たり前のことを自然体で。当の私は置き去りにして。


「……ごめんなさい」

「やめてよ」


嫌えるなら良かった。蓉子の態度は嫌だけれど、それは私が蓉子を好きだからだ。見返りを求める自分は心に巣食った情慟を、棲み着く蓉子の偶像に当てる。


「……ごめん、なさい」

「だから、やめて」


謝罪と拒絶が、鎖になって螺旋を作る。生物の基本構造としての反発。私に必要な蓉子は私に不要なことばかりする。

見返りを求める私の愛に、誠意はどこにもない。














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少し左に目を逸らしたら
(志摩子←聖×蓉子)



「抱きしめてあげればいいじゃない」

「それは、私の役目じゃないから」


「……そう」


憂いを乗せた蓉子は静かに。彼女を傷つけることを覚えて私は世界の優しさを知った。こんな私でも生きていける、と自信をつけさせてくれた、蓉子は強すぎて踏みつけても踏み越えても屍にはならなかった。

契約を取り交わし、衆人に合意され目に見える形で表したあの絆は、もうどちらも持っていない。消えてしまった。志摩子は次の子に渡してしまった。私の代わりではなく。確かに彼女自身の恋人として。

――私は変わらずこの世界が大嫌いだ。

衝動をため込み破裂しそうになるたびに私は蓉子にそれをぶつける。前に進むエネルギーをあの子を抱きしめたい腕を別のことに使うようになって。全て吐き出してやっと、私は気兼ねなく一歩引けるようになった。世界は弱者に優しい。こんな私を生かし抱き救わせる。

蓉子の沈痛な表情が私の意識から分離する。
消えた絆が、熱かった。













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全部知ってる、だって(乃梨子×志摩子→聖)



この子が追い詰められていることを、私はよく理解している。


「……乃梨子」


それなのに彼女の「姉」である私は。かたかたと震え、あまつ私の方が抱きしめられ慰められている。優しい乃梨子の腕。力強いかいなが、愛を私に囁く。私だって乃梨子を愛している。愛しているのに、私は彼女の期待に応えることが出来ない。自家撞着は絶望の証。みにくい私を、乃梨子は綺麗だと褒める。純度の高すぎる声と瞳で。


「志摩子さん、……良い?」


ありふれた地獄が一番ひどいものかもしれない。ありがちな人間関係を凡庸な事情でこじらせ、ありふれた同情と憐憫と侮蔑を受ける。私が中心、分かっているの。私の一歩で一言で、この地獄は崩壊する。次に出てくるのが安らぎではないと、知った私は乃梨子の問いかけにただ頷くだけ。彼女の求めに、応じるだけ。


「……ありがとう」


――お姉さま。
私は乃梨子に救われました。
お姉さまへの想いを抱えたままで、私は乃梨子に癒されました。乃梨子の抱擁がこの想いを引き剥がすものではないから、今も甘えてしまいます。私はまだあなたが愛した藤堂志摩子のままでいます。

乃梨子の身体がそっと離れる。ひと筋だけの涙に手を伸ばそうとした彼女は、その小さな手をほろ苦く握る。箱庭にしつらえられた地獄の炎に私のせいで舐められる少女は、ただ、私のために。


「ううん、気にしないで」


少年みたいな女の子である妹は、大人の顔をして笑った。












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私的タブーだったシチュエーション含め今まで書いてなかった種類のを、なんとなくやってみました。をリベンジ。
「聖受な記述」「幸せな江蓉」「聖と蓉子の立場逆転」「乃志で不倫的話」な感じで。本当は江志も入る予定だったんですが結局聖蓉が二本に。江志……書きたいなあ……。











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