「埋めて」(江利子×蓉子→聖)




私は今日も江利子に抱かれる。

江利子がジュースを飲み干す音。同居人のいないふたりの部屋に、柑橘の匂いが仄かに漂う。ついと顔を寄せた江利子の唇を受け入れる私は、促されるままに立ち上がった。体温のグレープフルーツジュースは、果汁100%なのに随分と甘かった。

毎回毎回、私のことを愛してるわけでもあるまいし、判を押したように布団にもつれ込むこともないのに。型抜きされたセックスに首を傾げれば、だってわかりやすいでしょう? と微笑まれた。確かに、背徳の標としてこれ以上のものはない。しかし一体、その背徳で誰が苦しむというのだろう?

キスを重ねるごとに、次第に果実の味は薄れて行く。背徳に付随するはずの後悔が知れず剥がれていくのと同じように。
頬に手を当てられ、綺麗ね、なんて囁かれ。本気じゃないし見返りも求めないくせ、彼女は私を優しく抱く。
聖とは違うそのあたたかさに、私は確かに溺れていった。


















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引き換えの恍惚(栞←聖×蓉子)




ざらざらと心に砂が、溜まる。


もしかしたら、の世界は重く、甘い妄想を分離して膜を作る。閉じ込められた私はその中の空気を吸い尽くすまではその底で奇妙に揺らめく光を見つめる。閉じこもる殻は薄く、脆く、他人の侵入を呆気なく赦した。それが蓉子だったからなのか、これほどまでに酔狂なのは彼女だけだったのか。願いを請うたのは確かに私だった。頭を垂れたのは、手を伸ばしたのは縋ったのは。一体どちらが先だったのか。罪にまみれた蓉子が果たして何を犯したというのか。


ざらつきが酷くなるほど違和感が増して私は呻く。喉の奥で食い止めるのは悦楽ではない。彼女の濡れた瞳は何もかもをきっと見透かしていて、内蔵まで透視される居心地の悪さに耐えきれず私は片手で目隠しをする。水気を吸った黒い睫毛に、手の平を掃かれる感触を甘んじて受ける。熱い息がかかる。蓉子の生の証を掻き切りたい衝動に駆られながら、両手に同時に力を籠める。もたらされるのは鎖代わりの圧迫と熱。


この背徳を、私は一生引きずって歩く。あなたを、栞を捨てた裏切り者として。











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瞼にふわり(志摩子←乃梨子)




志摩子さんからは最近、知らない人の匂いがする。


それは文字通り、「知らない」人、だと思う。山百合会のメンバーではない。同級生の誰かかな、とも思ったけれど、それとなく探っても該当する人が見つからない。勿論先輩ひとりひとりに鼻先を突っ込むような真似はしていない。したら面白いかもしれないけどそれで分かるわけでもないだろうし。何より変態だし。


「乃梨子?」

「……え?」


ふと気付くと目の前には、甘い色をしたウェーブ。勿論志摩子さんの髪、たちのぼる甘い匂い。うわ、と飛び退くと志摩子さんも慌てて身を反らす。がちゃりとソーサーの上で食器が踊り、私たちは赤くなる。


「…ごめんなさい」

「ううん、こっちこそ」


ほんのり漂った、誰か、の香り。目を閉じていれば良かったのかもしれない。私の馬鹿な嗅覚は、多分志摩子さんを、匂いだけで正確に認識できる。ふわりと浮かんだ、不純物混じりの、あの匂いだけで。

借りたロザリオが、本来の持ち主のために存在感を増す。当たっていても外れてても嫌な想像を私は打ち消して、深呼吸のために一旦目を閉じた。

甘い匂いは、さっきより少し遠くなっていた。













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爪とレンズ
(江利子×蓉子)




江利子がカツカツとガラスを叩く。冷たい無機物にべったりと手の平をつけ、真空にもならぬ奇妙な肉の圧迫を見せながら、桃色の綺麗な爪で弾く。私を抱きしめる江利子の腕は冷たい。無感動な感想を頬をつけることで表し、有りもしない彼女の熱を探し求めて密着を強める。伝導の良すぎる私の裡は、凍えきっているくせにまだ諦めの悪い願望を抱えていた。


江利子は確かに今ここにいる。聖の苦しみや葛藤は手に取るように分かるのに、燃える憎悪も凍る視線も知っているのに、あの子の愛は私にはわからない。聖が今どこにいるかも知らない。ちょっと笑って、遠い目をしてそして誤魔化される。


江利子の目的は私にはけしてわからない。

何もわからないから安心できる。


そう嘯くしか、豪語するしかない私を隔てる冷たい壁は、ぞっとするくらい滑らかで有機的だった。













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名前は呼べない(令×蓉子)




――令、と名を呼ばれる。真っ直ぐであたたかくて切ない。


「一体何を考えてるの?」

「……何も考えてませんよ」


(……何か考えてたら、こんなことできません)


令、と呼ぶ唇を塞ぐ。薔薇の色も学年も愛する相手も違う。柔らかい身体。お姉さまがいつかなぞった、祥子の涙を吸い込んだ、聖さまのための肌。不実極まりない。抵抗の腕は強く、易々とは封じ込められない。構いませんよ。悪いのは私なんですから、蓉子さまは被害者で、嫌がる反応で、構いません。


「…やめて」


あなたが苦しむのよ、と、鋭い眼光に、私は射抜かれる。もうこれ以上苦しめませんよ。だから私も苦しみません。蓉子さまの負担にはなりませんから。


「…蓉子さま」

「あ……うっ」


ぐちゃりと立つ音は一体誰を犠牲にしたものなのか、二人分の心が潰れる悲鳴なのか。
謝らないから、せめて、楽になってください。この箱庭の闇にも、安息はありますから。











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微エロ10題後半戦延長戦。
なんていうか、うん、ごめん蓉子。









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