銀盤に乗った首(聖×蓉子)




見たこともないはずの私の鎖を、あなたは引っ張っては私を引き摺り回す。

許しを乞う気なんて無かった。我が侭なあなたに付き合い切る気も、覚悟も私には本来備わってはいなかった。首を振る準備だけはできていたはずのストッパーの位置はいつの間にか少しずつずれて行った。抜いてはまた埋められる杭の腐蝕、ずるり崩れていく足元と理性。銀盤に乗せたかった首は、転がり落ちて私の手の届かないところに消えてしまった。

不毛なことばかりに思いを巡らすこの頭こそ、本当は切り落として聖に見せつけてやりたかった。彼女を一瞬でも驚かせられるなら、(彼女の意識を一瞬でも占拠できるなら、)それも良いかもしれないと思えてしまう。くだらない私の恋模様。

魔女は微笑む。鍋は煮立つ。嫉妬の炎が燃えて、暗い牢まで匂いを運ぶ。けして快楽ではない。キモチヨサなんて微塵も有り得ない埃っぽい部屋は、継ぎ目を見つけられないほど強固に私を隔てている。誰の願望で? 答えるまでもない。

洩らした息は悲鳴にならず、流す涙は慟哭の欠片もない。闇が満ちるのを待つばかりの蝕まれた頭で夢想するだけが、囲われた私にかなう抵抗の真似事の最後だった。



















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毛皮の下に頭巾(聖→蓉子)




好きだよと囁く、嘘つきな私。嘘ばっかり、と眉をハの字にするあなたに、届くホントウはたくさんのダミーに埋もれている。気づかなくて良いよ。信じてくれなくて良い。信頼を捨てて告白の権利を得られるなら、狼に食べられたって構わない。可愛い女の子でもお調子者の少年でもないけどさ。どっちの仮面も板につきすぎてもう外れないし。

自ら牙を折った傷口からは、赤と呼ぶには濁り過ぎた禍が流れる。純粋なら本物だと思っている誰かは、歪んだ愛情の深さにはけして気づかない。望んでいた結末が私を責め立てる。好きの対象は、私を軽んじて慈しむ。

罰が当たる日までは、愛想を尽かしたあなたに、懲りずに言い続けてあげる。それくらいしなきゃ、私の恋心が、可哀想だから。













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静かな雨、やんだ心(江利子×蓉子)




雨みたいね

え?

あなたの汗


かあと身体に火を灯す蓉子。さきほど濡れ鼠になっていたからだけではない朱色が、じんわりと浮かび上がり彼女は含羞に軽く身を捩る。しなやかな動作が、私から逃げようともがいている様が、伸び上がり口づけをねだった無意識の思い出に似通っていて、見下ろす視線に喜悦が混ざる。羽をむしるにはまだ早い。強さには屈伏しないくせ甘い搦め手には何処までも許してしまう蓉子の感情は、擽れば擽るほど容易く涙を流す。
染み上がるように溢れた滴が、肌を彩った。震えた喉が、産み落とせなかった哀願を飲み下す。目尻に溜まる水もそろそろ重力に逆らえなくなり、逸らすことに必死な目線も行き場を無くすだろう。ただ、全身で泣いている。慰められるとは、そういうことだ。
漸く舌を伸ばし、首元の窪みに貯まったものを啜った。音すら転げるように響く、この液体は冷たくも甘くも無いはずなのに。
真剣になればなるほど滑稽さを増す、私の愛し方は蓉子に気づかれないまま蓉子を傷つけ続けている。













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薄氷の酷評
(聖×蓉子)




ざくざくといやなものを踏みつけて傷ついたのは私の足だった。裸の肌に刺さった破片は裂傷と区別がつかないくらい巧妙に赤に混ざった。とても熱かった。氷柱よりつめたくするどいあなたなのに、流れ出る体液はこんなにも禍々しく赤いのに、瞬く暇もない間に失われていく赤に比例して身体の熱はあがっていった。雲も空も突き抜けてどんどんと上に。踏み抜いた私は地面にすっくと立っているのに。

曖昧な笑顔は拒絶だった。向けたのは向けさせたのは私であなたで彼女だった。もう第三者とはとても言えない少女はますます綺麗になって私たちの間に立ち塞がっている。踏みつけて踏み抜いたのは私とあなた。先に動けるようになった方が置いていくのだ。

過去形を回顧を断ち切れば見えるのは私だけ。流れた愛情は戻ってこない。ぱたたと滴が落ちた。ひとりなら私はどこからでも泣ける。

ああきっと、
くらいかなしみをくるしみというのだ。














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   (江利子×志摩子)




ヒトの自己防衛能力はかつての過ちによって培われる。

聖の空洞、蓉子の傷痕。私の痛手は未だに時折自己を主張しては他者の弱味に目を向けさせる。悪趣味なのはこれのせいだ。どのみち好き勝手にしか振る舞えないくせに、理由を求めるなど驕りでしかない。ゆるやかにあふれる髪質は、湿り気を帯びて現実の世界に堕ちていた。

動物だって警戒を覚えるのだ。恋慕と発情、臆病の予断。急く心、疼く生身、蹲る猛禽。若さに見合わぬ躊躇いを膨らませ、あのふたりは立ち竦み核心から目を逸らす。不文律を共有させられた私が恐らく一番全体を俯瞰する位置にいる。

過ちを未だ知らない少女が、やわらかに遠ざけられ傷つけられる、苦痛ばかりを知っていく。皮肉に溢れた楽園で、誰を捕らえる気もなかった罠に絡め取られにきた志摩子。彼女は約束を欲しがった。電話口、言伝て、口約束、いつかロザリオより重くなるかもしれないなど有り得ない空想が一瞬空を過る。

別に慈善でも偽善でもない。迷う背を押した手が、たまたま無沙汰だっただけだ。好きと可愛いと可哀想のまわりを、変則的に記号が巡る。変化を許す私に、志摩子は軽い重石を何度も求めてはその短い約束で甘えた。

反省と後悔に縛られた手がそっと、眠る志摩子の頬に。











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