聖蓉Ⅰ




ねんねん、ころりよ、おころりよ……


澄んだ音色、少し恥ずかしそうに、でも迷うことなく。
寝物語の代わりに何か歌えと催促して出てきたのは、紛うことなく子守唄。
それも極めつけにベタな選曲に、文句を言おうと開きかけた口は蓉子の指先でそっと止められる。
唇に乗るひんやりとした感触、ぱくりとくわえて見せれば、ほら、やっぱり震えた。
声も、からだも。でも唄がやまなかったのは少し想定外で、ゆったりと続く調べに私は降参して目を細めた。
吸い付きっぱなしの私に、蓉子は咎め顔。鮮やかに朱がのっているから、やめたりなんかしない。
何番まであるのか、知らないフレーズは懐かしく、微かにかかる息は音とともにまどろみを呼ぶ。
おやすみなさいをいいたいから我慢する私を、寝かしつけようと続ける蓉子。
いつの間に輪になったかわからないまま、そっと人差し指が引き抜かれる感覚を最後に夢に落ちた。




















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聖蓉Ⅱ




何がいいのかわからない、と吐き捨てる彼女に、私は眉を下げることしかできなかった。

そこは、「どこが」じゃないの?
揚げ足を取る私の声はどこか遠い。現実を認めたくない意識の方が乖離して、漂って逃げ出そうとする。聖の鋭い視線から。それに射抜かれることを望んですらいたというのに、耐え切れなくて、浅い呼吸があがっていく。
だって、と続けたのは私の方だった。かつてはこうではなかったはずのふたりの関係は、変質してきしみをあげていた。遠くで悲鳴が聞こえる。じわじわと血流がうるさい耳の奥で、とらえたくない事実を感性だけで受け取る。
理論武装をなくした、私なんて。
聖の叩きつける言葉は、暴力だった。家庭内というほど親しくもない、理不尽を詰れない私の罪。ただしいことを糾弾される苦痛は、過去の自分を呪い殺したくなるくらいには耐え難いものだった。

「浮気するなって、言ったよね?」

言われたけどしてないわ。
つきあってないくせに(告白をする勇気もないくせに)、強がる私の毒が自己を回るまでには一瞬すらも要らない。













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聖蓉Ⅲ




「こら、ばか」

何してるのもう。
お決まりの台詞はひどく甘い。
加えていうなら私限定の照れ隠しは結構痛い。
ねえねえとついかけてしまう私のちょっかいも、間違いなく蓉子限定ではあるんだけど。
少なくとも表立ってはそれを喜びはしない蓉子は口でも手でもおよそ容赦というものがない。
こんな表現にすらちょっと興奮しちゃった自分に苦笑い。
ええたまってますよ、女ですが。性差別反対。支配欲も性欲も、あなたたちの専売特許じゃないのです。この美しい女の人は私の恋人なのです。ざまみろ。
煮えた頭で社会を糾弾する。蓉子の胸に顔を埋めながら。ぎりぎりとつねられる頬が赤いのは痛いからです。

「上の空のあなたに抱かれるほど私は安くないわよ」

じゃあ本腰いれます、宣言したら最大で最後の照れ隠しがでこぴんになってかえってきた。













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蓉→聖×栞





お節介、と彼女に言われた。

江利子にもお姉さまにも他の薔薇さま方にも言われていたし先日はついに祥子にも言われてしまった。たまには私のことも構ってください、とは言われなかった が透けて見えたからおおいに反省した。かわいい妹。かわいくてかわいすぎて、たまにどうしたらいいかわからなくなる。指導はできても、愛おしみ方に戸惑う のだ。どこまで甘やかしていいものかと。

そんな相手にまで心配された私はきっと、よほど余裕がないのだろう。

巣食う嫉妬を、押し隠せても否定することはできないから、私は独りで自嘲する。
この感情が半分を越えないうちは大丈夫だと、江利子に懇願した口は聖への「忠告」をついさっきも紡いだのだ。

お節介、なんて言われ慣れている。冷めた目で幾度も拒絶された。最近は言葉すらなくなってきた。沈黙という形での非難は、最初からあったはずなのにこちらをにらみつける粘度が、最近はじっとりと女を帯びてきた。……まるで鏡を見ているかのよう。
心配は嘘じゃない。憂うのが彼女たちであることに偽りなどない。あの子たちの恋慕も、だから本物だとわかるというのに。

聖が私に鏡を見ない内は、まだ大丈夫。
だから、お願い。














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江蓉




安易な恋が好きだ。ばかな男の子、ベタなストーリー。恋に恋する乙女の心が、どんな女にも過不足なく組み込まれ ている。諦めてしまえるほど少なくはなく、バッドエンドという名の過多もない。中途で苦しんでる彼女にエールを送って、貰い泣きするの。紙幅で定められた 恋。ドラマも映画も、おしまいまでの距離は最初からわかっている。

そんな恋がしたかった。おしまいがわかりきった恋! 口に出したら目の前の現実主義者は私の夢想を笑うのだろう。憐れみをもって、残酷な現実を突きつけるのだろう。

恋ではないけれどおしまいがわかりきっているこの感情に名をつけるなら。そっと、愛と呼んでみせたら。
ばかな女が口に出したら、江利子は。











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