つめたいあさ







「好きだよ」

「聞き飽きたわ、それ」

蓉子の笑みは完璧にしてさらさらと流れていく。

気のおけない友人同士で完璧な笑顔なんてやりとりされるもんか。
一縷の望みに縋り続ける私は悲しみも寂しさも握り潰して喜びに変換しようとする。
もがく様を静かに見つめる蓉子の視線は途切れることがなく。
私の告白はより軽薄に滑らかになっていく。

無様な話。
自業自得じゃない恋愛関係なんて存在しない。

ふたりきりの薔薇の館、朝早く、吐く息は白いままで目の前の蓉子は紅薔薇さまのままで暖房を入れてくれるなんてやさしさを持ち合わせていやしない。

「朝っぱらから……」

「そう、私に告白するために早起きしたわけじゃないでしょう?」

白薔薇さま?
ふたりきりなのにそう続けた蓉子は(紅薔薇さまの仮面を被ったままの、蓉子、は)くすくすと私の軽口を笑う。可笑しげに、おかしなくらい整った笑い声。
それならとにっこり笑い返す私の後ろでこぽりとポットが音を立てる。
どうでもいい、私にはどうでもいいのだけれど蓉子はすっと横をすり抜けてそちらに向かってしまう。
目を閉じて紅茶の香りを吸い込んだ彼女の艶かしさに、私の心臓は理不尽なくらい興奮した。





落ち着くための深呼吸をする。
起き抜けでまだ仮面を被りきれていない聖は、わざとそうしているときよりも、恋をしている目つきで私をたまらなくさせる。
――朝っぱらから。聖の言う通りだ。開いた茶葉を口実に、かえってきた現実の中で、ひとり分の紅茶を淹れる。

聖は要らないと言った。でも蓉子が飲むなら淹れていいよ、と言った。
それは淹れておいて、という懇願であり、命令だ。

聖の懇願が命令でなかったことなんかない。
聖が私にするお願いが、懇願でなかったことがないのと同じように。

「はい、どうぞ」

「……ありがと」

これ以上引き延ばすのは不自然だ。
私のクラスが先に終わった、英語の小テスト。こんなものなくても聖なら私より高得点を取るくせに、もらったって勉強なんかしないくせに。
そもそも廊下で手渡すだけで事足りる。早朝から薔薇の館の鍵を開け、ふたりして向き合って、しなければならないほどのイベントではまったく、全然、ない。

それに付き合ってしまう私が、受け取る前に物足りない表情をする聖への答え。
こんなに寒い室内では、薄く頼りないティーカップに注がれた最後の時間稼ぎさえ、あっという間に冷めてしまう。





ああ、折り合いをつけてしまったな。
蓉子の隙の無い横顔が、(ふたりきりなのにまっすぐ対面に座れない、のは何かの暗示なんだろうか、)私のわがままを消化してしまったことを、容赦なくあらわにしている。

がっかりした私は、やや乱暴にもらったプリントを鞄に放り込む。突っ込むほど乱雑には扱えず、しまうという表現ができるほど優しくはなれず。折り目正しいわら半紙が少し縒れる感触がして、予想通り蓉子の眉が顰められる。
今回は黙殺することに決めたようだ。あーあ、また会話の機会が減ってしまった。

私が本気なことを蓉子は知っていて、蓉子が応える気のないことを私は知っていて、それならば私は一体どうすればいいというのか。
カップを持つ手は向こう側にあるから、淑やかに嚥下する喉がちらりと見える。
猫舌の彼女にとっての適温になったらしい。けして短くは無い時間を、ひたすら蓉子を見つめることに費やしていた自分にひそかに自己嫌悪した。
無言のままにその行いを許す蓉子がうらめしいのに、湿っていない私の舌は軽口のひとつも吐き出してはくれない。





紅茶は少しばかり冷めすぎていた。
これは、私より熱いものを好む聖なら眉をしかめて一気飲みするか、あるいは捨ててしまうだろうな、と思う。

聖のことを考えながら、いつも以上にゆっくりと飲む。聖の舐め回すかのような視線は、さわやかな朝にはまったくふさわしくなく、冷たい部屋で冷めた飲み物に向き合う私に当たり続ける。
予想の範囲内の行動だから、私は平静のまま。ちびちびと、この針のむしろの上を裸足で歩く。
私と恋人になるわけにいかないことを知っている聖が、私を悪者にしてくれていることに感謝するイベントを、終わらせるのが今日も私であることに。
傲慢に過ぎる恨みをひとつ、こぼす。

















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