花を齧る
「…聖、これ?」
「食用花、だってさ」
「ショクヨウカ?」
「食べれる花ってコト」
ガッコの子がくれた。 友達とも同級生とも知り合いとさえ言わない私。蓉子は眉をあげて驚きを表す。
「食べられる花も、あるのね」
白い小さな花びらを摘まみはせずになぞる。テーブルの上のボウルみたいな器に広がるいっぱいの花の欠片。
「そりゃあね」
「わざわざ食べようとしなくても良さそうなものだけど」
人間ってすごいわ、なんて。おいしいから、とかそんな欲望より貪欲な感情を誰が持って誰が叶えたんだろう。それとも昔は本当に腹の足しになってたのかな。お花しか食べない人形みたいなお姫さま、のようなお伽噺よりもっと切実な現実の中で。
「私も、そう思った」
勿論、言わなかったけど。 蓉子に手招きをして私の近くに来てもらおうとする。促すと少し戸惑ったあと、素直に足の間に身体を入れる。ぽすり、胸に顔を埋めた。蓉子の背骨に負担はかけないようにそっと。
「そう思ったけどさ、それって結局は傲慢だよね。生きてく上では必要のない殺生なんて、みんないっぱいしてるのにさ」
綺麗だから、可愛いから、花は摘まれて可哀想。犬は猫は、つぶらな瞳で悲鳴をあげられるものは殺さないで。
「そうね」
蓉子が私の頭を撫でる。たいしたことないことでへこんでる時が、一番ぐずつくって自分でもなんとなくは気づいてる。佐藤さんにあげる、と頬を染めたあの子に、うっかり甘いことばを吐いちゃった私は今になって馬鹿みたいに落ち込んでる。 さらりさらりと地肌を滑る指が気持ち良い。でも、蓉子のこの手だって。
「……蓉子だって、スリッパでゴキブリ潰すし」
「洗えないものでは殺さないわよ、失礼ね」
いきなりはたかれて無抵抗だった私はくぐもった悲鳴。まあ蓉子の胸に余計に押しつけられて結果的には大満足というか棚ぼたというか。思考回路を読まれたらぐーが来そうだけど。
「私が丸めた新聞でやると怒るくせに……」
「あれは、私、読んでなかったもの」
うまいこと話をすり替えてくれた蓉子。わざとなのか無意識なのか、気にはなったけど聞いたって答えてくれそうにはないし。この体勢を崩すのはちょっと惜しい。
「じゃあ今度からは蓉子さんに全部お任せー」
「嫌よ、そんなの」
埋没してた頬をぐにりと引っ張られる。……爪立てるのは反則だと思いますが? 目の前のこれに噛みついてやろうか、なんて思ったけどそこは堪えて背中に回した腕でギブアップを訴える。服越しでもきっとおいしい、膨らみの上で首を振るのがささやかな抵抗で仕返し。
「反省、した?」
「しました、しましたから」
……やっぱり、離されちゃう、か。 むう、と不満顔を浮かべる私に蓉子は仕方なさそうに微笑んで。髪を手櫛で整える風に梳いて宥めて不意打ちのキス。目を見開いた私に嬉しそうに笑った。
「…蓉子も食べる?」
「そうね、味見させて?」
「そんなこと言わずに、半分っこしようよ」
食べさせあいなら、大歓迎だけど? 耳朶をかじってあげると途端に震えた。相変わらず弱いなあ。蓉子の方もとっくにわかってるからただ睨むばかり。やめて、なんて言って聞くようなら今こんな関係になってないしね。
「花の方ももう、食べられるしかない訳だし」
こういう蓉子の思い切りの良さは、意外にも私をたくさん救っている。ロマンチストで、可愛いものが好きで、甘党で、でも現実的な対処がきっちりできるしっかり者。私なんか全部中途半端だ。ざらざらした世界を鼻で笑ってたくせその上をふわふわと浮いているばかり。
「そ、だね」
ああ感謝って、うまく伝えられないものだな。
「せっかくだし、綺麗なのも堪能すれば良いわ」
「綺麗、ねえ。 花なんて元々は生殖器なのに」
「……聖」
今から食べようとするものに対して、普通、そういうこと言うかしら? デリカシーを覚えなさいよ、と頭を抱えた蓉子。てっきり殴られるかと思ってた私は拍子抜け、まあでも運に感謝、ということで。私、蓉子の女体盛りならいつでも大歓迎だし? なんて軽口はやめとこうと思う。
「…っとに、ばか」
「……痛っ」
そんなこんなで気を抜いていた頭に、ごすり、と肘が。 ……うわあ、怒ってらっしゃる。
「蓉子ー、ごめんってー」
「誠意がないわね」
「ほらー、白薔薇だよ? 一緒に食べようよー」
「薔薇じゃないでしょう」
「薔薇だって砂糖漬けとかジャムとかあるんだし、薔薇かもしれないじゃんかー」
呆れた、諦めた表情を作る蓉子。でも目の奥はちゃんと笑っている。だから私はつけこんで更に甘えてしまう。
「ね、一緒に食べよ?」
「…わかったわよ」
お返しのキスは指先で止められたけども。 蓉子の指先にキスしたんだ、ってことにして、私はよいしょと立ち上がる。 ちょっと先への想像の中、白い花を食べる蓉子の方が、ずっと綺麗で可愛かった。
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