晩秋のアイスクリーム






市電の駅のターミナルで、乗るはずだったバスが目の前を通りすぎていった。折り返し運転で1時間に一本にしかないと告げる時刻表は、つまるところ徒歩30分くらいのお寺までなら歩いていきなさいと若者に説教していた。無事着いたらアイスクリームをご褒美に食べる約束をして、ふたり歩き出す。
随分歩いて、着いたお寺は、境内まで長い長い石段を備えていた。


「きっつー……」


実のところ乃梨子は余り体力がない。
この間紅葉狩りの折にからかったらインドア派だもん、と拗ねられた。あの顔はとても可愛かった。ふふ、と笑うとじと目が降ってくる。


「ごめんなさい、」


そういう意味じゃないのよ。
じゃあどういう意味ー? とやっぱり息も絶え絶えな乃梨子は本当につらそうだったから。のぼりきったら教えてあげるわ、と今度は確かに今目の前にいる彼女に向かって笑う。


「うー」


意地悪いなーとふて腐れたように言ってそうしてまた前を向く乃梨子。ずっと歩きづくめだからだけじゃない赤さが頬におりた気がして、顔を覗き込みたくなったけど張り切って先を歩く乃梨子を追い抜いてしまうのは申し訳なかったから。気持ち早くなったペースに足を合わせながら今度は忍び笑いに留める。


「……やった、」


境内に入って、最後の石段を踏んだ乃梨子はもう一歩入ってからぴょんと跳んだ。


「志摩子さん!」


手を取られぎゅっと握られる。少し汗ばんでいる小さな手のひらが私をあたたかくする。


「そんなにアイスクリームが楽しみ?」


耳元に囁くと染まる肌がますますよく見えて。


「……下のコンビニまで降りなきゃ、売ってないって」


常識的な答えを返す乃梨子は目が少し泳いでいる。あら、と疑問符が浮かんで、でも理由はさっぱり分からない。さあどうしたものか。


「ああ、やっと観られるものね」


楽しみにしてたものね、と弥勒菩薩の写真を思い浮かべる。説明する時の乃梨子のはしゃいだ声が頭で再生されて、目の前の黒髪を軽く撫でる。
一瞬飛びのきかけてやっぱりやめた乃梨子が可愛い。


「……分かって言ってるでしょ、志摩子さん」

「勿論?」


乃梨子が私に聞きたいことなら、流石に。
でも乃梨子のさっきの行動の謎解きはまだ出来てないし、お互いさまじゃないかしら。
石畳に点在する落ち葉を眺めながら思う。ぎゅっともう一度してきた乃梨子の顔はちょっと拗ねてるけど怒ってはいない。

じゃり、と他人の足音がした。視線を向けると住職らしき方がこちらに歩いてくるのが見える。
どうやらまたお預けを食らったらしい乃梨子はすぐに拝観できそうなことを喜ぶべきなのか自分でも分からないという顔をしている。
本当に大したことじゃないから今すぐ教えてあげても良いのだけれけど、その表情はやっぱりどこまでも可愛かったから。
代わりに繋がれたままの手を私から一度ぎゅっと握った。












「それ、おいしい?」

「あーうん、思ったより甘いけど、おいしいよ」

「そう」


首を傾げる志摩子さんは私の真正面に座っている。いつも通りすごく綺麗、見た目だけでまるで良い匂いが漂ってきそうな美しさ。昔の人はうまいこと言ったものだなあ、と、まだ中世の美に半分足を突っ込んで余韻に浸ってる私はただぼうっと眺めていた。掬い取り口に運ぶアイスクリームだけが現実の味。大きく取ると頭がきいんとする。


「志摩子さん、食べたい?」

「あ……、ええ、そうね。
 ひとくち、もらえるかしら?」

「あはは、なんか大げさだなあ。
 アイスのひとくちをけちるほど、食い意地は張ってませんよーだ」


この時期に秋風を浴びながらはちょっと寒いから、と、結局駅前の喫茶店に飛び込んだ私たち。ケーキもあたたかい飲み物もあるのに、それでもなんとなくアイスクリームの種類を選ぶお互いに笑いあった。縛られるってほどじゃないけど、ささやかな約束をふたりとも大事にしてるんだって確認しあえた気がして、顔が綻んだ。
無邪気な顔は結構可愛い、志摩子さんはそのまま、……そのまま?
私のバニラアイスを味見したいってさっき言わなかったっけ? 抹茶の黄緑に刺さったままの透明のスプーン。


「……志摩子さん?」

「え、くれるのではないの?」

「そうだ……けど?」

「だったら、どうして」


……て、まさか。まさか。
この展開は、あの、少女漫画的な奴ですか?


「ええと、このスプーンで掬うのを待ってた、とか?」

「……乃梨子がくれるって言ったんじゃない」

「え、いや、そりゃ言ったけど。
 そういう意味とは全く思わなかった、から」


うっかり汚い言葉遣いになりかけて慌てて止める。繕いたいわけじゃなくて、志摩子さんには似合わないものはなるべくならあんまり見せたくない。


「……普通は違うの?」

「違うっていうか……うーん、別に間違ってはいないけど」


まいっか、と私はひとくち分のバニラアイスを掬って志摩子さんの目の前へ。
控え目に開けられた口に吸い込まれていく。伏せられたまつげの繊細にどきりとしながら、うらやましいなあ、なんて場違いで場当たりなことを思う私の頭は店内の暖房のせいだ。そう思い込む。


「はい、乃梨子」


沸いた頭を宥めていると、当然のように私に差し出される抹茶アイスにちょっと目を丸くしてしまった。


「それじゃ、いただきます」


いやでもここで変に遠慮なんかする必要ないし。

下手にコンビニの肉まんとかにしなくて良かった。アイスクリーム万歳。


「そんなに、おいしい?」


乃梨子は抹茶も好きなのね、って天然な志摩子さんの発言は敢えて訂正しないでおく。おいしい、の部分だけこくんと頷いて肯定。抹茶味なのに甘過ぎてどうにかなっちゃいそう。


「ありがと」

「どういたしまして」


こちらこそ、と笑う志摩子さん。わー間接キスだ、なんて乙女なことは思うだけにして、私は自分の残りを一気に食べる。
この甘さじゃ、残念ながら、頭までは冷やせなかったけれど。




















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