home.






向かい合って立つ聖は私に手招きをする。私はふらふらと引き寄せられる。覚束無い足取りで、大きく腕を広げる聖に近づいて行く。


自分から受け入れる体勢をとっておきながら、触れる直前で聖は私を留めた。そのまま私に何かを促す。保育園のお遊戯会で演技でもしてるかのように。単純かつ大げさな動作で私の目の前を掠め、煽る。


身振り手振りに従うままに私は腕をあげ足を肩幅まで開き。ああこれは聖がしてたように腕を広げろと言われているのか。ひとこと言ってくれればすぐに済む話ではないか。文句を留めた胸のうちは何故か不安で薄ら寒い。胃腸が炎症を起こした時に似た気持ち悪さをぐうと堪えたまま私は聖に操られる。


指揮棒でも似合いそうなかたちに私を固めた聖は、満足そうに喜悦を浮かべた。彫りの深い顔で、にいと笑み。そして私には許さなかった最後の一歩をぽんと踏み出した。


腰に足首に衝撃。全てを律義に受け止めた私に聖はもう一度くつくつと笑う。煮立てる音。かき混ぜる仕草で私の背中をなぞり揺らす。がくがくと膝が震える。そして奇妙に怯える心。


腕の中の聖がどろりと溶けた。

消え失せた重みとひきかえにねばる感触が手に残り、私の視界は液体ともつかぬ聖だったもの、に埋められる。

私、はあらんかぎりの悲鳴をあげた。




がば、と起きた先は勿論布団の中だった。



聖、の部屋。共に暮らしているわけでもないのにすっかり見慣れた、見慣れてしまった。このベッドのぬくもりも聖とふたりで眠ることも、もう慣れるを越えて肌に染みついてしまった気すらする。


急に動いたせいであらわに感じる腰の奥の鈍い痛みに堪えながら、私は聖の存在を認める。この寒い時期に布団が剥がれてしまったからか、少し眉を寄せ丸まる寝姿に慌てて握りしめていた掛け布団をかける。冷気に私の無粋に唸るだけで起きない恋人に呆れるような申し訳ないような、総括すれば愛しいという感情を、じいと身体の奥に溜める。


指の先に残るべたついた感触は、夢の名残。敷布にこすりつけ、拭い去ろうとするけれど、中々消えてくれない気持ち悪さ。冷えた寝汗がじっとりとまとわりつく相乗効果で不快感は倍増し、助けを求め無意識のうちに呟いた相手はやはり先ほど溶かした人物だった。あの手で、顔を覆う。どうしてあんな夢をみたのだろう。


聖を揺さぶって起こしたくて、でもできなくて。変な夢をみたの、あなたは溶けてしまったの。もっとずっと抱きしめていたかったのに。……怖かった、の。
口に出すことすらできず、心中だけで訴えて、寂しさを減らそうと私は聖の布団にもぐりこむ。おやすみを言った時よりもう少しそばに。ふたつ並んだ枕を動かしてまで。聖を感じたくて。実感が欲しくて。


すう、と息を吸い込む。人肌が出す特有の熱を、一緒に取り入れながら聖の生きているにおいをかぎとる。あたたかい。

寝ている聖の穏やかさ、この手に収めたくて、指で輪郭をなぞる。シャープな線を、わざと丸く切り取って、私の中に取り込もうとする。首筋にまでおりたところで、身動ぎのような震え。慌てて手を引っ込める。


こびりついていた感覚は、いともあっさりと聖の肌触りに置き換えられ。安堵に潤みかけた瞳を通して見る彼女は夜目にも白く美しい。透き通り、けれどその熱を知っている私はそっと鼻柱を聖の胸元にうずめた。目を閉じる。とくとくと熱い血を巡らせる心音が私を落ち着かせる。


聖の寝相はよいとは言えない、から。おそらく現実には無いだろうけれど、もし、明日の朝までこうしていられたら。聖はどんな反応を見せてくれるだろう。どう、思ってくれるだろう。

甘い期待を巡らせて、私の頬はほんのり熱くなる。紛らわすように聖の寝間着に押しつける。擦りつける。恥ずかしくてじたばたしたい気分。目覚めたときの漠然とした不安はもうどこにもない。


いつ再び眠りの淵に落ちたのかは覚えていない。

ただ、聖の無意識のあたたかさに包まれたまま、優しい感覚に身を委ねた私は、その日はもう怖い夢を見ることはなく。

翌朝の聖は私を腕の中に収めてうれしそうに笑っていた。





















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