モンブランは要らない
気安く手をあげて挨拶に替える学友は、相変わらず軟派だった。 きゃー、という黄色い歓声があがったときには、このまま帰ってやろうかと思ったくらいだ。
「……まあ帰ったところで家に押しかけてくるだけなんでしょうけど」
「んにゃ、何か言った?」
「いいえ?」
ふーんと返す佐藤さんはベンチで行儀悪く足を組み直した。いくら人気のない裏道だからって、(いつもにんきもひとけもない、)まったく誰も来ない保証がないわけがないのに。たとえば、逢い引きしてる女の子たちとか。 まあ佐藤さんのイメージが崩れたところで私は困らないんだけど。
「いい加減講義に出たら?」
「出ても寝るよ」
ふふん、と指を立てられる。くだらなさすぎてため息もでない。 紙コップに入ったコーヒーをずるずるとすすられても私は注意しないし関与しない。
「仕方ない人ね」
え、そこでやめちゃうの? という顔を一瞬した佐藤さんは、すぐにふにゃりと軽い笑顔に戻る。いわゆる、外交用。 ふたりになったとたん浮かびあがってきた表情とは似ても似つかない、綺麗なだけの。
「はい」
「わーい、ありがと!」
わざとらしく贈答。コピーをこちらでしておいたのは保身のためだ。ついうっかり、とか言って私の勉強を脅かす可能性なんかありすぎて地雷ですらない。 着せてあげた借りは喫茶店のケーキセットで手打ちになる。コーヒーとモンブランが自慢の店だ。
「あんまりその表情、しない方がいいわよ」
「んー?」
傾けてた紙コップから口を離すこともせずに、流し目。 籠められた意図がないので色気も何もない。こっちが惚れてでもいない限り。 自然体でいられて悪い気はしない。ただ馬に蹴られるのは御免だ。
「蓉子さん専用にしておきなさい、ってこと」
「えー、蓉子とカトーさんは違うよ」
よーこ喜んでくれるかなあ、と目を細めた佐藤さんは確かにさっきまでとは全然違う表情をしていた。 寒空の下、サボり魔の友人にノートを貸して惚けられるために登校している自分。
「そうね、余計な心配だったわ」
再来週の木曜は晴れるだろうか。 私は佐藤さんと同様に生クリームたっぷりのモンブランは苦手なので、マフィンかマドレーヌでも頼もうと思う。
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