What I love, What you love
「どうすんのさ、蓉子ー?」
「……こっちの台詞よ」
並ぶ前で良かったと思う反面、タイムリミットをもうけて欲しかったとも思う。怒るというよりは呆れた風情、それならさっさと折れてくれれば良いのに譲る気はないらしい。全く強情なんだから。つぶやくとこっちの台詞ーと返される。……からかわれているのだろうか。
「そんな怖いもの見れないわよ」
「甘ったるいのは連ドラで充分でしょ?」
もうお互いにただの意地だ。これでいて別々に見ようという選択肢はお互い持ってないんだから笑えてくる。
「ホラーならこの間、飽きるくらいたくさんDVD借りてきて見てたじゃない」
「劇場とは臨場感が違うじゃん。恋愛ものなんて何が変わるのさ?」
ああいえばこういう。遠慮がなくなると弱点を削りあう展開になってきてしまう。このままじゃまずい。なんとなく、聖もそれを感じてるはず。
「……もうふたつとも見ちゃう?」
「終電なくなるわよ?」
ショッピングモールをのんびりと回って、聖が空腹を訴えたから予定より随分と早い夕飯になった。ここから歩いてすぐのレストランを紹介しようと思っていた私は少し残念だったけれど、チェーン店だっておいしそうに食べてくれるならそれだけで嬉しい。
「やっぱり車で来ればよかったねえ」
「おばさまの車なんだから、おばさまの用事を優先させなさいよ」
そもそも聖の運転はホラー映画並みに怖い。見知った場所、つまりお互いの家の間の最短距離、や近くのスーパーに本屋、そこから外れると途端危険になる。注意力が変な方向に向かってるような気もする。蓉子が綺麗だからだよーなどという意味不明な言い訳を真に受ける愚は犯さないけれど。
「とにかく、大音量で愛を囁かれるのは嫌」
「……悲鳴よりずっとマシだと思うわよ?」
少なくとも私なら、恐怖よりも感動で泣きたい。 どうせ聖の手を握るなら、優しい力でが良い、と思うのと同じ。にやにや笑いながら観ている聖の横でひとりだけ顔を強ばらせて指先に力を入れるなんて。そしてそれを公共の場で晒す、なんて。
「失礼だなあ、このホラーなら帰ってからも楽しめるのさ!」
「はあ?」
思いきりずれている力点。刻一刻と上映時間は迫ってきていて、私の観たいものの方が15分遅いから正直放っておけば私の勝ち、なのに微塵も焦りが感じられない。まあ映画は手段であって、目的はふたりでデートすること、なのだからこのままでも一応達成されてはいるのだけれど。
「だって夜怖がってる蓉子を堂々と抱きしめられるし? ラブロマンスじゃこうは行かない!」
「……甘さにあてられて変なシチュエーションでしようとするのはどこの誰よ」
咄嗟に返した皮肉にぱちぱちと瞬き、そして予想通りの嫌味な顔。
「あ、もしかして、期待してた?」
「あのねえ」
そうだとしても肯定なんかする訳ないでしょう、なんて勿論言わない。思い切り呆れてみせても……拗ねてさえくれないか。最近お互いの手の内が分かってきて、表面的な感情は簡単に見抜かれてしまう。そのくせちっとも分かり合えた気はしない。
「……話を戻すわ。あなたはどうしたい?」
「それじゃ、あなたのお気に召すままに」
芝居がかった馬鹿な台詞、顔が笑っているから乗ってあげようかと一瞬だけ思ったけれどそれよりもその間抜け顔をスクリーンにぶちこみたい欲求が羞恥心に後押しされて沸いてきたので手を振り払う。手と手が触れあっただけでは今更どきどきしたりなんかしない、これくらいのあしらいでぎすぎすする仲でもない。
素っ気なく、肩をそびやかして、シアターとは反対側に歩き出す。虚勢を張った私の後ろをついてくる聖の含み笑いに肘鉄を食らわせながら。映画を観ても観なくても、結局同じ結末になる理由を考えようとして柔らかく絡まった腕の感触に何もかもを霧散させられた。
唯一残った感情が答えだと知っている私に聖はとびきりの笑みを見せる。
スクリーンにいれてみんなに見せるにはとても勿体無い、綺麗な笑みを。
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