プラチナ・ゴールド
「結婚指輪欲しい?」
「要らない」
即答はにべもない。先日めでたく成婚した(なんと結婚式にまで呼ばれてしまった)友人がくれた有名な雑誌を人のベッドの上でぱらぱらとめくる、身勝手さを適当さだと汲み取ってくれるから私は江利子の前でだらしなくしている。式場の選び方に
折り目がついていて、可愛いなあと頬を緩ませる。ちら、と見た江利子は鞄に入りっぱなしだった私の授業ノートを無心にめくっていた。
「あなたは結婚したいの?」
「…したくない、かな」
「でしょう」
過半数のページにコピー用紙が貼りつけられ、随分と膨れ上がったキャンパスノートは文字のある最後(多分それも私の字じゃなかった)までまくられてから放り出された。それ蓉子からもらったんだけど、とばらしてやろうか、考えながら指を擦った。蚊がいるんじゃないの、この部屋。
「蓉子とならしても良いけど」
「あ、先に言われた」
「ごめんなさい、わざとなの」
「だろうねぇ」
箱庭を一足先に卒業した彼女はいつだって誰かのために一生懸命だ。その相手が自分じゃなくなったからって責めるのはどこまでもお門違い。 目の前のこいつも外部進学のはずなのだが、在学期間が長かったせいかやたらにリリアン色を残している。こんなでも純粋培養と言えるんかな、なんて失礼な感慨は割合ありがちな話で。
「あー、退屈」
「私のせいかい」
「そんなわけないじゃない、自意識過剰ね」
「感受性が豊かなもので」
「ガキっていうのよ、そういうの」
「江利子さんよりは若いですからー」
「数ヶ月、ね」
「そ、数ヶ月」
どこまでいっても不毛な会話。不毛な関係の立体交差。かつては確かに蓉子の隣にいたふたりが、ぼんやりと都会の夏を浪費している。アルバイト先の店は定休日、江利子の課題は一時間ほど前に微妙な人物画を描きあげて一応のカタがついた。自分のかたちの彩りが乾いていくのを目の当たりにするというのもなかなか
おかしな気分だ。笑顔なんて気味が悪い、と描き手とモデル双方の意見が一致したので油絵の具で出来た私は相も変わらず不機嫌な表情をしている。
読者アンケートとして組まれた特集の光沢を、つるりとなぞる。愛情の方向は一緒でも、その方向こそが、性差以前にどうしようもない。無言の了解を取り交わしてから離れた互いは、いつも通り自分のために時間を消そうとしていた。
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