ロマンチスト
あ……
無意識の行動だった。きゅっと左手を丸め込んだ蓉子は、ばつの悪そうな顔。たぶん私も、同じ表情。
……ごめん
我に返ってから一応謝っておく。無意識の私を怒れだなんて言えやしない。言ったら逆に怒られるに決まっている。実は蓉子って結構沸点低いんだよね、愛情でコーティングされないものに関してはすぐ怒声が飛んで来る。
……ええ
勿論今は怒ってない蓉子は、宙に浮いていた手をそっとおろした。それなりに近い距離だから触れ合うこともあるけど、故意に、ずっと、はくっつけられない。
……手を繋ぐのが、嫌なんじゃないのよ?
困ってる顔。甘やかしたいけどそうできない、愛犬を躾けるご主人さま、みたいな。思いつきに自分でくすりと笑う。
うん、わかってるよ
蓉子を好奇の目にさらしたい訳じゃない。自己顕示したいほど蓉子は素晴らしいけど、同時に誰も知らなくていいなんて思う。信望が厚くてみんなに優しい蓉子が私は好きなのに。
家にいる時、ずっと手繋いどく?
くつろいだ蓉子と繋がり続けるのも、悪くは、ない。手を握りっぱなしでくつろいでくれるかはちょっと疑問だけど、先日の様子なら大丈夫、だと思う。
やめてちょうだい
ふふっと笑われる。まあそんなことしなくても、っていうかせっかくの室内なら私だってもっとくっついたりしたいし、蓉子も拒まないし。ねだれないから好きにさせてくれる、恥ずかしがりやで意地っ張りな蓉子が大好きだから。
じゃあさ、また一昨日みたいに出かけよう?
はやく一緒に暮らしたい、けど気持ちだけでなんとかなる現実ばかりでもない。役に立つわがままならいくらだってする代わり、困らせるだけなら駄々は捏ねない。
一昨日は、驚かれたけど喜んでもくれてた。だから、いいわがまま。
……好きにしたらいいわ
素っ気ない返事をする蓉子の耳は素直に赤い。あっち側を向いたからって表情が分からないなんてはずがない。蓉子ってとてもわかりやすいしね。
うん、好きにするもんね
夜のお散歩を公認された嬉しさ。蓉子だから、あんまり非常識な時間には連れ出せないけど。常識人だし、……怖がりだし。ああでも丑三つ時に神社行ったりなんかして、怯えた蓉子にきゅって握られるの、良いかもなあ。
だけど、今度からは事前に連絡なさい?
やっとこっちを見てくれる、でも目元がまだ赤みがかってるよ? うっすら残ってる方が幸せ神経に直結する、そんな気がする。
えー、蓉子を驚かせたいのに
そして喜ばせたい。待ち合わせ場所で出迎えてくれる甘い顔も、勿論好きだけどさ。予定調和じゃ中々照れてくれないし。
心臓が持たないもの
……そんなことさらっと言われたら。
接触欲求が手繋ぎから一足飛びに抱きしめまでいってしまう。公衆の面前でハグなんかしたら、真剣にしばらく色々お預けだ。下手したら会話すら拒絶されてしまう。蓉子のモーニングコールがないと、私はもう起きられないのに。
……毎日、期待しちゃうじゃない
沈黙を変な風に捉えて蓉子の言い訳。ああそんなこと言われちゃ本気で我慢できないんですが?
もういっこ段階超えてちゅーしたら平手打ちもらうかなあ、なんて暴走を始めた脳内を必死で押し留める。ごめん、また赤くなってる蓉子を今は笑えない。
……よーこ
怒られるの覚悟で、私は蓉子との距離をゆっくり埋めていった。20センチメートルからスタート、15、10、ほら蓉子が目を見開いてる。
0は数えない。通りの喧騒が蓉子の息遣いにとってかわられて、私は目を閉じた。
|