シ ー ソ ー
「令ちゃん」
「なあに?」
無邪気な笑顔。四六時中、そりゃ学校では学年も違うしそういうわけにもいかないけど、それ以外はずっと一緒にいるって言って間違いないのになんでこんなに嬉しそうなんだろうっていつも思う。
「明日、出かけるから」
ぱたぱたってしっぽや耳が見える従姉にずびしと宣告。振られたふさふさのはもちろん猫じゃなくて犬。とことん尽くす側だし。たまに私だけにじゃないのがすごく悔しいし腹が立つ令ちゃんの優しさ。
「どこ行くの?」
「内緒」
「どうして?」
「内緒ったら内緒!」
睨みつける勢いで令ちゃんに。私に呼ばれて単純に嬉しそうだったのが不思議そうにそれから悲しそうになる。
「……私もついてっちゃだめ?」
「だめ」
内緒って言ってるじゃない令ちゃんのばか! は必死で留める。あれ言ったら負けだ。令ちゃんの由乃ぉくらい情けない。 道端で行き倒れたりなんかしないわよ、と当たり散らしたら多分逆効果。心配しすぎな令ちゃんは本当ばかだから。
「こっそりついて来たら許さないわよ」
そもそも令ちゃんが私にちゃんとお菓子づくりを教えてくれないのが悪いのよ! やれそれは危険だからだめとか今の時期の水は冷たいから私が洗うよとか包丁も危ないって言われて取り上げられたら私はただの見学じゃない。手際が良すぎて正直参考にもならないし。スポーツ観戦とは訳が違う。
これでも色々考えて白羽の矢を立てた後輩は私なんか令さまの足元にも及びませんよ、と不思議そうな顔をしていたけれど。乃梨子ちゃんくらいがちょうど良いのよ、と失礼だけど正直にばらしたら苦笑いしながらも了承してくれた。ていうか志摩子さんの好みも教えてあげるわよって言ったら落ちた。
私実は志摩子さんと同じクラスになったこと無いんだけど。まあなんとかなるでしょう。なんなら今から志摩子さんに電話かけて直接聞いても良いし。乃梨子ちゃんの名前を出したら惚けられそうだけどまあそれは仕方ない。幸せなのは良いことだって思って耐えてみせる。なんなら惚け返してみせる。
「……由乃ぉ」
「明日帰ってきたら教えてあげるわよ、令ちゃんのばか」
令ちゃんの負けだ、って思った途端気が緩んだのか私も口にしちゃって結局引き分け。まあ私の勝手な自分ルールだから令ちゃんは気にもとめてないけど。かっこいい造形をそれはもう見事に崩して情けない顔。弱すぎよ。私なんか守ろうとする前にそれをなんとかしなさいよ。
令ちゃんのばか、ともう一回つぶやいて私は今日のお茶請けを口に運んだ。ほろほろと崩れるクッキーは相変わらずすごくおいしくてこんなのできないわよ、と八つ当たりする。眉根を寄せながら紅茶で流し込む。
「……おいしくなかった?」
「おいしいわよ」
途端慌てる令ちゃんはやっぱりどこまでもばか。姉ばかで従姉ばか。
まあ私にばかでいるうちは許してあげるわよ、と令ちゃんばかな私はお手製クッキーをぽんぽんと口に放る。令ちゃん好みの味を思いつく限り考えていると私好みの味が次々と舌の上で溶けていった。
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