12月は聖蓉です(06’日記SS)








蓉子が出ていった。

多分これは私が頭を冷やす時間を作るためで、蓉子が考える時間を作るため。意識して静かに閉めた、っていうのが分かる音だけを残して彼女は姿を消す。振られたなんて思って無い、手放すつもりも毛頭無い。それでもたまに巻き起こる口論は、甘えと依存の境界を蓉子がしっかり知っているから。でも彼女は自分に厳しいから。私へのものと、自分へのもの、ふたつの線はずれている。私はそれに確かに助かっているというのに。


……はあ。
大人気ない自分にため息。謝る言葉しか思いつかないけれど、それじゃ結局何も変わらないんだ。抱きしめてごめんって言えば彼女は許してくれるだろうけど、でも。

切り忘れた換気扇の唸る音の中、自分の呼吸だけが喧しい。与えられた猶予の中で私が出す答えは、それでも結局いつもと同じもの。

立ち上る気まずさに加えて浮かぶ笑みのせいで、多分私の顔はおかしなことになっている。


予感がする。蓉子が帰ってくる予感。この感覚は正確で、だから私はいつも少しだけ焦ってしまうのだ。変わりたい。変われない。真摯な癖にどこか危なさを残した謝罪は、彼女だけのためのもの。それでいいわと笑う蓉子に、私はいつだって。
嗚呼これは依存なんだろうか。それとも甘えにしてくれるのだろうか。
そっと蓉子に問いかける。

かしゃりと開く音がした。手持ち無沙汰な指先は、もう彼女を抱きしめることばかりを考えていて。時間をおいた反省は、もうしっかり私の中に沈んでいる。


いつの間にか真っ直ぐになった感情は、言葉になって蓉子の元へと向かっていった。







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「蓉子!」


不意に姿を消したかと思ったら唐突に名を呼ばれた。

やけに機嫌の良い彼女は塀の上。こうして見ると、ますます猫のようだと思う。気まぐれで気高くて。前にその話をしたときは「蓉子の方が猫だと思うけどなあ」と珍しく歯切れの悪い口調の返事。理由を訪ねてみたら「だって、猫耳似合いそうだし」と胡散臭い笑顔で返された。肘打ちは綺麗に入って聖はそれから暫く顔をあげなかった。だから、その言葉が誤魔化しだったのかは分からない。どちらにしても頭が痛い。結論で言えば、今の聖はとても猫に似ているということだ。それだけ。


「どしたの?」


首を傾げるところまでどことなくはまっていて、私は吹き出してしまう。何でも無いわよ。だから、と続けようとしてその先を見失った。余所様のコンクリートの塀の上を器用に歩く聖。光の反射で一瞬輝いた瞳が、本当に猫のようで。少しだけ戸惑った。私は彼女に、何をすればいいのかという戸惑い。何もしなくていいのだという歓喜と、何もできやしないのだという苦悩。どちらにしろ私は聖の側にいるのだけれど。このばらばらの感情を、まとめて愛だと思い込んで。



「蓉子もくる?」


何か深い意味が埋められていそうな抑揚が。私を誘って捕らえて離さない。甘い甘い束縛。それは気まぐれな彼女の、変わらない独占欲。



「やめておくわ」


スカートだもの、と付け加えたような言い訳。添えようとしたパセリが白い皿から零れて転がっていったような、そんな心境になる。特別困りはしないのにどこか決まり悪い。どこか、バランスが悪い。


聖は案の定見透かしたように笑っている。答えを知って口にした問いは、ただのじゃれあい。鼻歌が頭上から降ってくる。


今度聖を迎えに行くときはジーンズにしよう、と心に決めて。私は聖を見上げた。

猫のような彼女は喉の奥で笑って私の隣に飛び降りてくる。思わず頭を撫でたくなってしまうほど綺麗な形で。私の伸ばした手はそうする代わりに聖のそれへと繋がれる。自分からするなんて珍しい、と自分で驚いたけれど離す気にはなれなかった。外なのに人がいるのに、と考えるいつもの自分は一枚ガラスを隔てた奥にいる。ああ、これは多分。

私は飼い主よりは、貴女とじゃれあえる猫になりたいのね。

聖がしっかりと握りしめている、自分の小さな独占欲に。そんなことをそっと思った。

















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