聖蓉
ざらついた悲鳴が聞こえる。
低い音で、扇風機が回っている。暑さ、というより湿っぽさに耐えかねて購入した時の、初夏の記憶が蘇りそうで、私は慌てて首を振った。……自分が回ってるみたいだった。まあ思考だけに限定するならあながち間違ってはいない。くるりくるりと回転するのは防衛反応なのだろうか。 ……一体何に対しての?
部屋が違う。自分の下宿は殺風景なくらいにしようと決めた癖、いつもいつの間にか物で溢れ返っている。片付けは苦手というより嫌い、なのだ。煩雑な世界に埋もれていられる自分は、荒涼な地に立つより、頑張っている気がするから。かもしれない。雑誌や衣服や灰皿やに埋もれて、私は所在無げに座っている。隣に埋もれているのは蓉子。そう、この部屋には今蓉子がいる。
無意識に手を伸ばした箱の中身は空で、ある筈も無い煙を吐き出すかのように嘆息は宙に浮かんだ。見えないそれを睨みつける。余韻も見つからない。見慣れた室内の壁は私と蓉子を外界から隔てていて、開け放たれた窓から風が吹き込む様子だって全く無い。晴れきった空。蓉子越しに眺める。
本でも読み出すかと思った彼女は、意外にもぼうっとしていた。まさに心ここに有らず、といった感じ。だったら精神は今どこにいるのか、暫く考えてはみたけれど蓉子が夢想しそうな場所なんて全然分からなかった。たまに、本当に時たま彼女はこんな表情をする。多分1人でいる時だけ。そして私の存在が認知されない間だけ、私は彼女を無遠慮に見ることが出来る。他の誰も知らなければ良いと、少しだけ思う。
喧騒には遠すぎる、掠れた声がした。 それが自分から出たもので有ることに気がついたのは、蓉子がこちらを向いてからだった。瞬く間に戻った意識を、瞳の奥に確認する。交わった視線で伝えるものは何もなかった。心地良いとも不快とも言い難い沈黙がそのまま落ちていく。 ずりずりと壁をすって私は寝転がる。視界から蓉子が消え、気配だけが残った。
……暑いな。 煮えそうな頭で、何とかそれだけを思う。緩やかに攪拌される何もかもは、粘性を持ち渦を巻いていた。怒鳴って傷つけあって、……体当たりで愛せるような勇気はもう私には残っていなかった。乾いた唇を舐める。何か口寂しい、気がした。
……蓉子
悲鳴のようだと、微かに、思った。
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ふわり、浮かぶ。
さくさくと道を歩く。バターを練り込むように。飴色の地平が私を呼ぶ。耳は傾けず、けれど拒絶はせず。埋められた貴女の思い出を掘りに行く。
優しい理由を私は知りたがった。コインの裏を知って、細長い影を知って、弾く前にあざ笑った。ただの愛情、なんて信じなかった。傷ついた貴女の顔よりも、傷つけた私の表情に驚いてしまった。今でもよく覚えている。
夕焼けの意味に気づいたのはずっと後になってから。あわい。届いても掴めない、仄かな熱。確かな愛。
ふわり、浮かぶ。自分も漂っているかのような錯覚は。
少しだけ、彼女の愛に似ていた。
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「んくっ……」
喉を鳴らし必死で水分を飲み込もうとするその姿に、何故だか無性に興奮した。 私の濃い唾液に息を詰まらせながら。ふらふらと重心を傾かせながら。弱々しくこちらを見つめてくる蓉子。もう、限界なのだろう。座っているのも、耐えるのも。
「おねだりしてみたら?」
優しく囁いてみる。びくりと震えたのは、多分耳朶に首筋に息がかかったせい。はだけられた胸元、腰元から外され手首に回されたベルト。緩められたジーンズのボタン、その隙間から指を数本侵入させる。蓉子に与えている刺激はいかほどか、私には想像しか出来ない。ただ、動かしていないのにこの様なのだ。強さを粗方失った瞳。
「はっ……う……」
それでも意地を張ろうとする。戯れに、彼女の体の境を、下着越しになぞる。伏せられた目尻には涙がたまっている。徹底的に焦らした。今にも溢れそうな快感が、今の蓉子にはきっと溜まっている。昇華出来ないぎりぎりのところで私は遊んでいる。
「……んあっ」
笑いかけただけで声を漏らした。 震える睫の儚さに、吐かれた息の濃厚さに、ぞくりと来る。開かれた口で私を求めなどしないことくらい、分かっていた。しかしそれなら何故拒絶しない。 上辺だけの挑発、否定、そして行為。執拗につけた痕さえいつかは消えてしまうのに。
「せ、っ……」
がんがんと頭に響く彼女の声ばかりが、離れてはくれない。
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聖蓉書いてるときが一番落ち着きます。
このサイトの内容を反映してるかのような詰め合わせだ……。
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