籠の中に、閉じ込めておきたかった。
独占欲、猜疑心、執着心。安っぽく彩られた何よりも激しい感情。蓉子の浮気を疑っていた訳では無かった。ただ、私しか知らない彼女が、もっと欲しくて、仕方がなかっただけだった。盲目的に求めて、いっそ失明させてしまえばと思ったこともある。私だけを見ていればいい。私だけを、知っていればいい。
蓉子が常識を口にするたび気を失うまで犯した。いつまでもこうしていられると思っているの?
宥めるように囁かれ、燃えあがらない奴がいたらお目にかかりたい。私だって本当の永遠を信じていやしなかった。そんなもの、青臭い高校の思い出で充分だ。ちょっとでも、彼女がそれを求めてくれたら。真摯な願いはやがて悲愴になり絶望へと変貌を遂げる。私の思いだけが膨らんで彼女ごと押し潰そうとする。磨り減った心の自己防衛。苦痛の根源を断とうとして、暴走を始める。 さらされた白く細い喉元にきつくかかる荒々しい欲。
蓉子が常識に地をつけて居ざるをえないことには、気づいていた。がんじがらめに捕らわれ、その上私にも縛られる。私からの拘束を拒んでいないのも知っていた。理性を失ってからですら、彼女は私に途方もなく優しかったから。
綻びの見える世界の中で、必死で抱きしめる。私を見てくれているのか焦点の合わない瞳で彼女は、私にそっと、手を伸ばした。
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だって、私は、確かに。
抵抗はしない。でも陥落もしない。してあげない。 お前は聖が好きなのだ、と何度言われたことだろう。ある時はさとすように。或いは縋るように、叫ぶように。私に爪を立てる。身体の中にまで。心の、中にまで。
呼び名なんて何でも良かった。何度も私の名前を呼ぶ理由が聞きたかった。言葉には真実ばかり入っている訳ではないことくらい知っているけれど、それらは少なくとも私への意思表示だから。熱を持て余しているなら冷ましてあげたかった。凍てついているならあたためてあげたかった。好いている相手には応えてあげたかった。
私を刻みたいなら刻めばいい。だけれどどうか自分を傷つけるような真似はしないで。
疲れきったあなたに手を伸ばす。 聖への愛を、抱えた、まま。
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ゆっくり迫ってこられると、後ずさるしか私には方法がない。すぐに壁にぶつかってしまうと知っているのに、羞恥に重きを置く天秤が、私の中で傾ぐから。聖が近づく、嬉しさに燃え上がる。身体とは裏腹に惑う心の処理がつけられる程私はまだこういったことに慣れていない。聖だから、駄目になる、私。それは自分でも恥ずかしくなるくらいの溶け加減で。
聖、と呼ぶ。飽きるくらい、飽きることなく。今この瞬間の価値を、まだ理解できている。当たり前になってしまったら、何を得て、何を失うのだろう。
抱え込んだ幼い獣は、にやりと笑って牙を立てた。勝手なこと、考えないで。全て聖に支配されているこの状況で、彼女は更にわがままを言う。甘えてくるのを受け止める私の方が、余程あなたに甘えている。
……ね、せい
大丈夫だから、ようこ
会話にならないまま、優しく落ちていくものたち。いつの間にか騙されている、或いは溶かされている理性。
掴んでも掴んでも足りない歓喜を、必死で追いかけて。そっとくちびるが合わさった。
少し前の私を置き去りにして、絡めた腕に、聖がいることを実感して。どうしようもない愛しさを持て余す、私。かたんと揺れた天秤が、戻ってくる前に。もう一度あなたに愛を囁こう。
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私が本気で抵抗する時に、聖は一番楽しそうな顔をする。そんな気が、する。羽交い締めにして、耳元から毒を流し込む。私は聖を大切にしているから、あなたとの未来を確実にしたいから、拒絶しているのに。今の私を見ろと強制する視線。強烈に感じながらもあなたと隔たる、溢れ出る膜を止めることはできない。肉体的に苦しいからじゃない。怯える自分の他に、聖の願いを受けとめて歓喜する私がいて。アンバランスな戸惑いが広がるから。うわべだけがかき混ぜられるなんてものではなく、容赦無く侵入する聖が、意識にまで溶けこもうとしてくる感覚。ひとつになるという錯覚が最も真実味を帯びるのはきっとこの時だ。
けして美しくなど、ないけれど。
行きつ戻りつする自分には一体なにが重要なのか。展望も常識も理性と共に消える。泣きわめく声は嘘のように高い。わたしというものが分からなくなる。それなのに聖を認識するのはどこまでもわたし自身。寄る辺がなくなって感じるのは恐怖、喰らいつかれる感触、聖という存在。脳を揺さぶる、一体どこまでが現実の音なのだろう。
いや、と呟く。駄目、と願う。今の私を恨んでも良いから、どうか。
だから、と懇願したいつかの自分はどこに溶けたのか。最後に残る意識に届く、くつくつと低い笑み。取捨選択も叶わぬまま何もかもを暴かれる、暴く聖は拒む理由なんて知っているはずなのに。
無邪気な笑顔でたぶらかすあなたに私が抗えないことも知っているから、いつも。
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夜中にそっと抜け出して。
台所でかちゃかちゃと音が聞こえる内は、まだ安心出来た。青白いテレビの光源で陰影を刻みながら、グラスを傾け、醒めた表情を浮かべる。ブラウン管の向こうに笑いかけろなんて言わないけど、一度覗いて、ぞくりとするくらいには冷淡な姿だった。
やめて、という願いが通じたのか、月明かりを伴に選ぶようになったのがその次の段階。カラカラと網戸の開閉音、そこから先は何も分からない。見られたくないのだと分かっているから、私はベッドに張りついたまま動けない。喉が渇いたり、反対にトイレに行きたくなったりしても。お化けを怖がる小さな子みたいに、身体を丸めて、なんとかやり過ごそうとする。
最近はもうそんな虚勢も要らなくなった。がしゃりと閉まる扉は、私の感情に打ちつけた杭のよう。目の前の温もりの跡に手を伸ばすのは、寂しすぎると知っている。帰ってくる時間も覚えたから、この苦しさから逃げ出したっていいのに、変わらず固まったままの私。すうすうと首筋が、お腹が、胸が、寒くなっていく。ただじっとこらえる、私は聖を待ってなくちゃいけない。
スンと鼻を鳴らして、確かに聖が戻ってきてくれるまで。冷たい夜を纏ったまま再び布団に潜りこんできてくれるまで。
乗り越えなくてもいいから、せめて、私が少しでもその隙間を埋めることを許してくれるまで。
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シリアスメインにまとめたら不健全ばかりになった件orz
正直3つ目が浮いている気がします。
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