ふたりとも勝者











うたた寝、というものは、随分と気持ち良い。


陽がさんさんと降る、南東向きの窓。ベランダに出た聖が、珍しく洗濯物を伸ばしている。チェスにしりとり、大富豪……だったか、昨日の戦いの罰ゲーム。ふたりでやれるトランプって少ないよね、とスピードを推しまくっていた聖を説き伏せた夜。ハートやスペードが半分に折れ曲がるのは御免だった。まあ正直、私と聖じゃ勝負にならない遊び、ということもあったのだけれど。

あの時と同じ椅子に座って、でも机には背を向けて。とろとろとした意識の中で昨日の会話に笑い声が再生され、同時に目は彼女に焦点を合わせ続ける。カッターをぱんと伸ばして、ふと振り返って得意そうに笑ってみせる聖。昔よりずっと丁寧な手つき。膝を引き寄せて、椅子の上に立てる、普段なら絶対しない姿勢から。思わず笑い返せば、満足そうにハンガーをかける。

夕飯は何をリクエストしようか、と考える先で、聖がこのまま窓越しに溶けていきそうな気配。籠から私の下着を引っ張り出してひらひらと振ってくるのにはノーリアクション。怒るなんて勿体無い空気、ちぇっと向こうをむかれ、少し残念だけれど呼びはしない。またすぐにこっちを向いてくれるって分かっている。


半分くらいしかない意識、聖が見ててくれるなら手放してしまおうか、と目を閉じる。振り向いた聖が、ちょっとまばたきをして、また笑ってくれる。暖かい午後の陽射し。










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チェックメイト、ね


……うわ


うわ、って何よ


いやー、なんか、容赦なくない?


当たり前じゃない


クイーンって、せこいよねえ


聖も持ってるんだから条件は同じよ?


あー、このビショップが大活躍する予定だったのに…


残念でした。

睨んだって結果は変わらないわよ?


へーい


どうする? もう一戦する?


やめとくー。もうちょい頭使わない奴やろ


疲れちゃった? でも江利子なんかよりよっぽど素直でしょう?


あいつと比べちゃ駄目だって。

てか蓉子、江利子とやったことあんの?


チェスはなかった……と思うけれど。

ほら、いつだったかみんなでやったじゃない?


何を?


トランプ


うーん、あったようななかったような……


大人げなく一年生をいじめ倒して


あー、あれか!

可愛かったよねえ


…まあ、そうね


あれ、拗ねちゃった?


自惚れないの。後輩が可愛いのは本当だもの


でも面白くない部分もあるでしょ?

先輩じゃなくて恋人としては


……次はトランプやるの?


先に休憩しない?

珈琲飲みたいなー


寝られなくなるわよ?


大丈夫大丈夫ーカフェインなんかじゃ蓉子には勝てないのです


なによ、それ


蓉子は素晴らしいって話


意味が分からないわ


ん、ほら、蓉子と一緒だとよく寝られるんだよ


よく…ねえ


あれ、蓉子、何考えてんのー?


…すぐそっちに持ってくんだから


いーじゃん、若いんだし。

蓉子だって好きなくせにー


…否定はしないけど。

今夜はしないわよ?


はーい、分かってますって










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負けちゃった。


あ、と思った時はもう遅かった。口を覆った私の目の前で、蓉子ははばかることなく笑っている。まあ情けない話、心理戦で彼女に勝てた試しはない。仕方ないか、とさっさと未練を断ち切って左手で髪を梳く。蓉子の真剣な顔つきも見れたし、今の笑顔も可愛いし。気持ち良さそうに身を竦める、振動が腕枕してる側から伝わってくすぐったい。

「明日、よろしくね?」

キスしたかったら私から近づかなきゃいけない体勢。分かってるから物欲しげな表情を浮かべてみせる、いつの間にか自明になったやりとり。ちょうどぴったりに目が閉じられて、慣れたって相変わらず幸せな感触を堪能する。心の底から阻止しなきゃならないような罰ゲームにしなくてよかった。遊んでる間も楽しめたし、多分今からはちょっとくらいの我が侭なら聞いてくれる。

「ね、蓉子」

甘えたい時は目を合わせたままで。耳元で囁く声で話してみせる。本当はかこつけなくたって良いんだけど、どうせなら。

「ご褒美、ちょうだい」


前払いなの?

噴き出した蓉子に釣られて暫くふたりで笑い転げていた。先に立ち直った彼女がするのは勿論承諾。止める間もなく、(まあ止める気もないけど、)掴み取られた私の指先には舌が這う。想定内な気もするし予想外だとも思う、蓉子の奇襲に白旗を上げるのはまだ早い。

枕にしてた手を抜き取って、やんわりとその両手を押さえ込んだ。












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ほんのりと意地悪さが乗った、穏やかで暖かい瞳。欲望の色が見える、少しずつとって代わられていく。だけれど私を掴んだ腕は、ほんの僅かな力でさえ振り解ける拘束しかしない。
優しい聖になら、何をされてもいいか、なんて思えてしまう。わがままでも、自分の欲に忠実でも、私自身の欲を必ず満たしてくれる聖。むしろ最近ではふたつが重なりあっている気すらして。いろいろなところで交わることで得られる、精神的な充足感が。ますます大きくなって私を埋めていく。



手首の重りはあえて振り解かないまま、視線も逸らさないまま。痛いのは嫌よ、なんて言ってみせればにっと笑われる。我が意を得たり、そんな笑み。片側だけがほどかれて、私の唾で光りながら、焦れったく滑り出す。
きっととろとろにされてしまうのだろうな、想像しただけで身体はずくりと疼いてしまう。追い出そうとゆるく首を振る。どうせなら、目の前の聖に溶かされたい。多分今日は緩やかな積み重ねになるだろう快感を、丁寧に拾い上げていく。



目を閉じれば口づけが落とされる、そして少し敏感になる。しっかり聖を感じているから、視覚くらいなくても平気。



体重を預けてきた聖を、ようやく離された両手でそっと抱きしめる。壊さないように、でも少しだけ、煽られてくれるように。














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……そういえば


ん……?


今夜はしないとか言ってたなあ、って


ああ……そうね


蓉子から破るなんて、珍しいじゃない


そう? 聖が先に前払いとか言い出したのよ?


それ言ったのは蓉子。私はご褒美が欲しいって言った


変わらないわよ


まあねー

それにしても、暑いよなあ


……駄目?


いえいえくっついてくれるのは大歓迎ですよ?

ね、冷房つけていい?


……駄目


(そしたらもっと、ぎゅってできるのに)


(あなたのにおいが、薄れてしまうから)












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よいしょ、と籠を持ち上げる。そんなに重くはない、水を吸った二人分の洗濯物。ばさりと皺を伸ばせば、暑い日には心地よいくらいの冷たさが手に。ベランダの熱気が、気持ち良く緩和される。


蓉子は朝からご機嫌だ。単純に家事をしなくていいから、なんて理由じゃないんだろうな。私が、こういうことをするってあんまりないから。今更新婚気分? っていうか、うん、多分そんな感じ。


家の中の事は分担しようって、決めたのにね。


朝の弱い私のために蓉子が朝ごはんを作って、帰りが遅い蓉子のために私が晩ごはんを作る。その他のことは半分っこ。だけど、アバウトだった区切りをきっちり分けちゃうのが蓉子で、アバウトさをたてにしてついついサボってしまうのが私。掃除も洗濯も、いつの間にか蓉子が大抵やってくれていた。私の昼寝や読書の間なんかに。


忙しい人が忙しいのは半分は自分の責任って本当かもなあ。随分失礼なことを考えて、出てきた蓉子のブラジャーをつまみ上げる。笑って振ってみせても、顔をしかめることもなく、あくまで優しくこちらを見てくる。見ていてくれる。抱え込まれたジーンズのラインは、未だに私を喜ばせる。


こんなに嬉しがってくれるなら、もっとしっかり動かないとなあ。並んではためくふたりのシャツが、幸せなんだって主張している。ああでも当たり前になっちゃったら、こうして見守ってくれることもなくなっちゃうのかな。それは勿体無い。とっても勿体無い。


取り敢えずは、いつもありがとう、って伝えようか。聖さんお手製のコーヒーを添えて。最後の一枚に洗濯鋏をとめて、軽く伸びをする。眠たげな蓉子が何か行動を起こす前に、先手必勝。


からからと網戸を開けて、くしゃりと撫でた蓉子の髪は、さらさらで気持ち良い。すぐ作るから、眠っちゃわないで。おやすみのキスを落としながら矛盾したささやき。
愛しの蓉子に、暖かな愛を。
















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