ばいばい(佐藤聖精神世界/微ダーク?)



嗚呼早く、地面に埋まってしまえばいいのになあ。

その前に貴女に追いつくことが、私には出来るだろうか。分からない。分かる筈なんかない。ほら、砂は腰をもうすっぽりと覆ってしまった。暖かいね。地下ってこんなに、ぽかぽかとしていたんだね。

嫌だなあ、還っていくんだよ。ずっと、ずっと退行していくんだ。
本当は海まで戻れればいいんだけどね、流石にそれは私には無理みたいだから。
だって寒そうじゃない?ザザンザザンと。何に突っつかれるかだって分かったもんじゃない。それよりはさ、やっぱり砂の中がいいよ。綺麗なコが沢山いる砂浜。あ、怒ること無いじゃん。私はちゃんと蓉子一筋だって、ね?
んー、そろそろ、粒子が首に押し寄せてきそうな感じ。胸も、思ったより全然苦しくないよ。泣きそうな顔しないでよ。こっちはもう手が伸ばせないんだから。
笑ったら、目の前の砂粒が少しだけ吹き飛ぶ。貴女の座る位置。掻き抱かれた頭が、うん、やっぱり少し湿った。こんなに空は晴れてるのに、ほら、美人が台無しだって。そろそろ蓉子まで巻き込んじゃいそうだからさ、離れて。お願い。多分、最後のお願い。

立ち止まったりなんてしないで。貴女に追いつけない自分、結構気に入っていたんだから。ううん、違うな。私が追いつけない蓉子のことを、気に入ってた。貴女はこんなところで止まってちゃ駄目なんだよ。だから、さ。

髪に口にざらざらと流れ込む。やっと、全身が包まれていく。目を閉じたけれど、開いてももう何も変わらない。


最後の貴女への感謝も丸ごと、その中に埋もれていってしまった。
でもそれはきっと、貴女に、








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祝福の花束(蓉子悲恋?)



おめでとう。


その言葉に、嘘は無かった。


カランと小さな音を立てて開けた店内は鮮やかな色合いと芳香に満たされ、それから少しだけ夏の香りがした。春の花から既に漂ってくるそれに、私は無性に嬉しくなってしまって目を細める。人間が勝手に切り取ったのに、それでも季節を巡らせようとしている健気さ。それをささやかに主張しながら綺麗に並べられている。並んで、いる。

ベゴニア、カーネーション、チューリップ。
取り敢えず一つ一つ見て回ることに決めた。細い通路を順番に辿っていく。水滴に濡れたバケツを倒さないように、そっと。スニーカーで来れば良かったかしら、でもやっぱり似合わないわよね。花屋に格別な格好をしてくる必要は当然、無いのだけれど。この足で直接彼女の所に向かおうかと考えあぐね、結局どっちつかずの装いになってしまった。目の前でかすみ草が揺れて、幼い頃に足を踏み入れた病室を何故だか思い出す。静かな日向で、白が反射していてまるで廃墟のようだ(無論当時廃墟という言葉で表現した訳では無いだろうが)、と感じたあの病室を。
縁起でも無い。けれど、この店にやって来る人の何割かはそんな目的なのだ。彼らはかすみ草を買い求めるのだろうか。値札に書かれた花言葉を流し読みして、横をすり抜けた。

緑色の葉に導かれてゆっくり角を曲がる。不意に目に飛び込んで来た乳白色。背の低い観葉植物と橙色の花に挟まれた、空間にそれはあった。どうして今まで気がつかなかったのだろう。そう思える程、私にはその花が他のものとは一線を画しているように見えた。
そっと近付く。まるでそうしなければそれが消えていってしまうかのように。私にはもう他には目に入らないというのに、それは余りにも儚くて現実のものでは無いと言われても納得が出来そうだった。触れた瑞々しさはちゃんと生きた植物のもので、やっと、ほ、と息を吐く。吐息で震えるように揺れる様子に誘われたように思えて、笑みが雫れた。

お決まりになりました?

可愛らしい声。振り向いた先の笑顔に私も答える。勿論肯定。ええ、花束にしてくれる?

そうね、このまま彼女の所へ向かうことにしましょう。僅かに湿っているブーツも歩きながらで乾くでしょうし。何より今の気持ちのままで貴女に会いたい。ワンクッション置くなんて、野暮なことせずに。

薄水色の包装もばっちり。お金とお礼を残して私はもう一度ドアを開ける。ふわりと香る春と夏、それから微量に貴女の気配。浮足立つ気持ちを抑えて前を向くと、一瞬貴女が微笑った気がした。



おめでとう。


今ならきっと笑って言えるわ。








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白い息



今朝の寒さは、まるで聖のようだと思った。

冷たくて、澄み切ってしまっているが故に人を刺すときに優しい。遠慮が無い優しさ。うっすらとかかった霜に似た雪は、デコレートされた聖の表情。手に取ったそばから溶けていってしまう。手の平に残った水を払ってしまうのはどこか勿体無くて、握りしめると指先が軽く痺れた。まだ白熱灯がその存在感を持っているこの暗さで、聖は私を見つけることが出来るのかと。変なことを思わず考えてしまう。

車のテールランプでさえ見分けられると確信がもててしまう私は、もう重症だ。見慣れた辛子色がゆっくりと向かってくる。

お気に入りのハンカチで、さっきの左手をそっと拭った。










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共振の孤独(蓉子→聖×志摩子)




見慣れた靴と鞄が視界によぎって、ふ、と目を向けた。

優しい色のウェーブがベンチで静かにたゆたっていた。




志摩子の膝に頭を乗せて、聖は気持ち良さそうに眠っている。じ、とどこを見るでもない志摩子の表情は、やはりどこかで聖を捉えている。穏やかな笑顔。穏やかな寝顔。重なりはしないし顔かたちそのものも似ていはしない。それでも他の姉妹とは確かに一線を画した、絵画のような光景。


触れてはいけない気がして、そっと目を逸らした。会議や雑事といった口実がたとえあったとしても、私はきっときびすを返しただろう。水野蓉子の存在は、あの中ではただの異物にしかならない。睨まれ追い払われることはないけど、受け入れられはしない。
それはあの世界を壊すということ。


嫉妬しているわけではない、と思う。
聖の中にすとんと埋まりこんだ志摩子という存在は、聖にとてもうまく作用しているのを知っているから。あのときのように心配する必要もない、聖の安寧が得られる場所。私があげた。勝手に押しつけた、だけれど聖は最後に自分で選んだ。志摩子に決めた。


呼吸まで殺していたことに気づいて、中庭の出口で深呼吸をひとつ。もう秋も暮れきりそうな乾いた空気が、私の中に押し入ってくる。あのふたりは風邪をひかないだろうか。ぼんやり考えて、彼女たちがコートを着ていたかも思い出せない自分に気づく。つい先ほどのことであるのに。聖、の、ことなのに。


引き返す気は無論なく、明日以降どちらかに聞く可能性もゼロに近い。私に分かるのは結果だけ。ついと出たことばが妙に真実を突いている気がして苦笑する。久々の早帰り、どうせなら一緒に帰ろうか、という淡い期待の余韻から覚めるには丁度良い風を、ひとりきりで受ける。足の先をそっと3年生の校舎に向ける。


思い出した一瞬の景色の中で、聖の髪に触れる志摩子の袖口から、銀色の鎖が覗いていた。






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昏い情動(コピー本抜粋)



「蓉子」


返事の前に、唇を貪った。唾液を流し込む。むせても弱々しく私を叩く拳すら気にも止めずに。自分の限界まで塞ぎ、離すと蓉子はぐったりとしていた。随分と辛そうだ。そうしたのは、勿論私なのだけれど。


溢れ出る蜜を掬い取り、優しく乳房に絵を描いた。驚きに見開かれた目が、私を捉えるのを、そして安堵に潤むのを、私はただ眺めていた。まるで他人事のように。

恐る恐る、両手が私のシャツに添えられる。泣くかな、と思ったけれどそんな余力は残ってないようだった。喘ぎも呻きも悲鳴も皆必死に押さえ込んで、蓉子は微笑った。私に、こんな酷いことをした私に向かって。

苛立ちが募る。











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サイト開設3年にして初めて日記のカテゴリ分けをしてみたら取りこぼしがぼろぼろ出てきました。
ああこんな風に聖蓉が好きだったんだなあ、と、懐かしくなりました。


















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