互いのせいにして




……まだ、なの?

諦める吐息は、丸く溶けた。悪酔いしそうなくらい、近くに吐かれ私を侵す。蓉子のせいだと思った。私だって疲れてるし、眠たいし、もう夜中だし。だけど蓉子が誘ってくるから。


……ん、っふ

苦しそうな呼吸を奪う。奪うから苦しそうなのかもしれない。目尻の赤さが私には嬉しい。誘われる、抱え込む。抵抗しない蓉子はまだ私には縋らない。さっきまでの余韻があるから、長くもつとは思えないけど。


せ、い

頭に響く。思わず顔を埋めた胸、震えたからそのまま舐めあげる。格別な意味はない。私の方がねだりたい、受け入れる蓉子の甘い声が聞きたいから。


あ、……もう、

よしよしと撫でてくれる、くしゃくしゃに掻き乱してもくれる。時には爪を立てられ、逆に押し倒し私を昂らせる元凶にすらなるそれは、持ち主に良く似て柔軟だ。ひとつの腹に舌を当てる。目を細めて睨むように笑う蓉子。汗の塩辛ささえ甘くなる。


……聖ってば

とろん、と、誘惑。飽きることなく堪能したひとさしゆびはもう爪まで融けそうで。揺れ始めた腰が、私の膝を目指そうとする。いやいやと否定したって、もう逃げられないでしょう?


……ばか

10の指でひきよせられる、耳元には待ちわびたささやき。1本だけ濡れて張りついている、肩が温かくて冷たい。抱きつく気はなかったのか、すぐに冷たいだけになり。片腕で目を覆うなんて、今更そんな野暮なことしないでよ。


う……ああ……

もう掠れ掠れな、蓉子の喘ぎ。いとしくて、ことばよりもっと伝わる方法で蓉子に分からせようと動きを早める。すきだよ、すきだよ、あいしてるよ。
ことば以外で返されるから、もっと強く。もっともっと強く。伝えよう。蓉子の全てに、行き渡るように。


せ、……いっ

私の名前さえ、特別になってしまう今だから。













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瓦解を待っている



抜け出せない、抜け出せない。

もがけ、もがけ、もがけ!



自分を叱咤して、躰に鞭打って。赤く走る痕を構う間もなく闇雲に繰り出した手足の長さを悔やむ。


がしゃりと檻を揺らす。いつか自分で作った鉄格子。傷つかないように、柔らかい心に、鉄面皮の名を与えた。そんな感情は要らないのだと、凍らせ見ないふりをした。



這いずって、流れる血の鉄錆びの味を撒き散らして。もう誰も来てくれない地下室でのたうち回る私。



ああ、本当は欲しかったのよ。あなたの愛が、狂うくらいに。



正常でいようとして撓みに撓めた感情は私自身に噴き出した。完膚なきまでに粉々になってしまえれば良かったのに、欠けた肉体は遂にあなたを欲し出した。



もう間に合わないのかもしれない。この傷ついた足は、腕は、あなたのところまでは届かないのかもしれない。



ああ、だけど。



繋がれた鎖を引きちぎる。引きちぎられた指先なんて要らない。要らないから。
今までの私が殺されてしまうならそれでもいい。ただ一瞬でも、あなたに私のきもちを分からせたい。



口元からごぽりと赤い泡。痛む肺でも、焼けた喉でも、まだあなたに愛は囁ける。



だから早く、ここから抜け出さなければ。



緩慢な自殺薬の副作用が、私にあなたという幻覚を見せる前に。抗う術を失う前に。



もがけ、もがけ、もがけ!




ああ、光、が。








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かわいいあなたとくるくらくらり



ねえ、もっと見せて

……い、っや

もう話せないの? まだ何もしてないのに

聖、もっ、

まだ、でしょ?

や、あ、ゆび、だめっ

どっちの?

どっち、って……な!?

何を今更。脱がなきゃできないじゃない

は……、んで、そこか…ら、

あれ、着たままでしたい?

や、ちがっ

じゃあほら、手、あげて

はぁ、ああ……それ、とめて……っ

どうして? 指はだめなんでしょう?
それに擦りつけてるのは蓉子の方じゃない

い、じわる……っ

心外だなあ
あーこれ、ハンガーにかけとかなきゃだねえ

はあ、は、……んっ

ふふ、かわいいよ、蓉子

あ……っく、聖っ!

ん、なに?

キ、ス……して

キスだけでいいの?

ちが、う……けど、
ちかくにきて欲しい、から

あーもう本当、かわいいなあ
いいよ、たっぷり……ね?

んっ、ふ、うっ……











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ペット(猫耳パラレル)



んー


すりすりと身体を寄せてくる、眠たいのか甘えたいのか、布団より私に向かって何かをねだる。取り敢えず髪を撫でてあげればにっこりと笑顔。
そのまま、両手、(前足?)でぎゅっと押さえつけられて、顔がゆっくりと近づいてくる。思わず身を固くした私に、そよ風のようなキス。


ちょっと、聖?




肩口をかぷりと噛まれる、服越しだし痛くはないけど嫌な予感。手を離せば抵抗されるってわかってるから口でリボンをくわえほどこうとする、これは、もしかしなくても。


やめなさい、聖ってば!!

やだってば、蓉子、久しぶりだもん


てらてらと光るサテンがどこかいやらしくて、目を逸らす。もしや発情期? 春先といえば春先だけど、でも。
……ってそうじゃなくて。今、問題にすべきことは。


しゃべれるんじゃない!!

ぎゃ!?


人間の方の耳を押さえた彼女がやけに現実的だな、なんて思いながら私は聖を突き飛ばした。












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扉が閉まって、ガラスの向こう(とあるひとつのバッドED)



せ、い……


虚ろな目。ぺたりと座る姿は、人形のように可愛い。


もうあの力強い濡れ羽色を見ることはない。髪だけに残った光をいとおしむように撫でる。


おかえり、なさい


でも仕方ない。何かを得るためには、幾ばくかの犠牲は付き物だから。
この蓉子しか手に入れられないなら、何を不満に思うことがあるだろう?


ん……


口づければ素直に開かれる唇、ゆっくりと絡む舌。いつも同じ反応。


彼女は壊れた。私が、壊した。ピンと張られた糸を断ち切って、それなのに得られたのはマリオネット。愛しい恋人。


私を壊してくれるなら良かったのに。


なんて。


あの頃からもうこれ以上壊れようがなかった私がそんなことを頼むなんておかしいよね?


息苦しくなって離すくちびる。たらりと落ちる唾液、瞳は開かれたままでただぼんやりと見詰められるだけ。


目蓋に手を当てる。漏れる息を笑い声と勘違いしたいから、私も目を閉じる。掠める香りは、蓉子にはキツすぎるもの。だけど蓉子のもの。


優しく、優しく。


今更、と心のどこかで笑いながら指を滑らせる。
ごめんね、と心のどこかで泣きながら蓉子の感触を味わった。



















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