いつだって、いつまでも、




ちょうど欠伸を噛み殺したところで蓉子が振り向いた。はっと息を呑まれる、そんなんじゃない、と伝えたかったのに彼女の指はそっと私の頬に添えられた。少し見上げて背伸びして、上目遣いほど甘くはないしキスの時ほど切実じゃない。ただどこまでも優しい。


宥められたくてキスをねだる。寝不足でほんの少し欠けた平衡感覚、取り戻すより浮遊感を楽しもう。目元を刷いていった利き手を取って、ちょっとだけついた涙を拭う。ふたりのものにしてしまう。


近づいてすぐに離れたら、呆れたように目尻が下がった。もう、とつぶやきも聞こえてきそう。お互い足りないってわかってて、今はお風呂にお湯張ったりしてる最中で、私はそれでも続きをせがむ。控えめに合わさるキス、甘やかされてる気がして気持ち良い。こくりと小さく鳴る喉の近くから、ゆっくり差し入れられる舌。


このままさくりと手折ってくれればいい。首に回された細腕に、次第に体重がかかるのを感じながら。蓉子に優しく抱かれる夢を見る。座りこむのはしばらくお預け。くらくらするのは、どこに何が足りてないからなのかわからない。今ここで蓉子がこうしているからだったら、ずっとこのままで構わない。


ふ、と漏れた息は陶酔の色をしていた。小首を傾げられたから今度は私から塞ぐ。飽きたりなんかしない。呼吸すら共有できる、そう思えるのは、蓉子が受けとめてくれるから。私をその胸に、腕に、抱えこんでくれるから。















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くすりゆびをつないで



……ひゃんっ
せ、聖?

ん、いーよ、続けて

や、も、何やってる……のよ

よーこの胸触ってまーす……あいた

どうしてそんなに余裕なのよ……っ

余裕? そんなことないけど。
あー蓉子よりは平気、かもねえ

……私じゃ、駄目?

そんなこと、あるわけないじゃん
気持ちいいよ?

じゃあ、なんでそんな……

蓉子が気持ちいい姿見るのが一番気持ちいい、からかなあ?

あ、ん……り、両手は、待って!

あと我慢して頑張ってる蓉子が可愛いから?

ば、ばかっ……!

そー、その顔が……ね。
たまらないわけですよ

私は、聖に……っ

むー、だから満足してるってば

だったらおとなしくしててちょうだい……!

いいじゃん、ふたりで気持ちよくなれば

……縛りあげるわよ

それはこれ終わったあと、蓉子にも同じことしていいってことだよね?

……っ

あ、前やったの思い出しちゃった?
そろそろこっちもとろとろでしょ?

変態……っ

触ってないのにねえ

せい、だって、

そりゃ、勿論。
いいよ、触って?

え、え……?

なあに、おねだりはするのもされるのも苦手なの?

は、恥ずかしく……ないの?

……そーゆーこと聞かないの。
蓉子が頑張ってくれてるからサービスしてんのに

じゃあ素直に、身を任せてくれれば、いいじゃない……

だって……、さ
真面目な顔のまま攻められたら、いつもの蓉子にまで欲情しちゃいそうだし

は……?

ほら、手、お留守だよ?
やっぱり代わる?

い、い……っ








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かたり、落ちる。



私を殺して、と呟いた夜。心に刺さる爪が、酷く痛くて、熱くて冷たくて、魔女の鍋の中のごとく煮える身体。堰を切る、溢れるのは想いだけじゃない。触れ合えないところにまで侵食する欲求。まるで幻肢痛、けして満たされないから悶え、足掻く。


腕が震える。あなたを傷つけたくないのに、白いシーツを握りしめた指は強引にほどかれてしまう。精一杯、かたく縋りついていたのに、その上を見せつけられる。だから私が聖にいくら縋っても、最後までは辿り着けないのだ。それでも尚続く、握力と意地の張り合い。あなたを引き寄せる時の歓びはすぐさま次への渇望に変わる。


いくら食い込ませても、果てには及ばない。滴る血が私以外のところにも落ちるのがとても嫌で、だから、哀願するのに。

語尾が掠れる。聖にだけ届けば良い、それすら叶わない。苦しい、辛い、愛玩されるとは、壊されること。思うがまま、無邪気とはほど遠く、私を苛んで笑う。


ぽたぽたと、あなたとの境界がこぼれる。上も下も、中途な部分も、自分より聖の存在が大きくて。酩酊より鮮烈な、白い薔薇の香りが、私を揺さぶって。


何度でも殺してあげる、とあなたは言った。真剣を携えた目で、私を刺し貫いて。泉とは似ても似つかない、浅ましい感情を、啜ろうとする。とがった箇所を全て受け入れる私。噛まれたあちこちから、身を擡げるのは熱望。はるかな希求、逆らえないものがあると、知っているから苦しい。












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わがままな優先順位




眠りという、誘惑。


三大欲求という言葉がある通り、人間底辺の欲はとても大切だと思う。思う、のだけれど。
どうやら聖の中ではその3つは等しくないらしく私を離そうとしてくれる気配は微塵も無い。もうきっと結構な夜更け、切り裂くような声も出なくなって、文字通り、身動きが取れない。


よーこ……

聖も疲れているのか、さっきからずっと変わらない姿勢。私に全身を預けている、心地良いけど同時に息苦しい。胸元に鼻を擦り寄せている聖は甘えが一番にきている。無頓着だから多少余裕が生まれ、必死でかき集めた理性は、状況分析はしても打開策は提示してくれない。役たたずな手足と同じ。


……せい

もう、寝ましょう?
否定する聖の髪の毛が踊る。小さく息を詰めるとふにゃりと笑って指が動く。優しく食い込む、なんて矛盾してる。確実なものだけを追いかけて、と囁くくせに一度にいろんなところを刺激しては私を混乱させる、意地悪な聖。言葉でなぶられる熱さを覚えてしまった私は、もうすっかり彼女の性癖を受け入れているのだろう。


軽く噛まれる、すぐさま拭われる、いや、つねられる。ぼやぼやとしていた輪郭がだんだんはっきりしていく。


よーこ

今度は、しっかりと、目的を持って。呼ばれた名前は身体を震わせた。頷く前に、目を閉じる。まだ眠れやしないと、知りながら。


















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