優しい重み(蓉子誕生日祝)



夜桜を、見ていた。

不審者を監視するはずの、保育園の夜光灯。私たちは中に忍び込んだ訳じゃない、門の前、可愛らしい駐車場にビニールシートを敷いて。ささやかなふたりの宴。立派な樹の幹にもたれたら、聖は頬を膨らませわがままを言った。私以外のものに身を預けないでよ、とか、なんとか。



恥ずかしいくらいの独占欲のかたまりの彼女は、今は私に完全に体重を預け眠っている。おかげで私は件の桜にもたれざるをえず、聖が蹴飛ばしたビールの空き缶を拾い上げることもできない。本末転倒だ。プレスされた身体を少しでも楽になるようよじって、ため息をつく。



光に照らされた桜は綺麗だった。輪郭が、暗い辺りのために、よりはっきりしたような。ひらひらはらりと落ちてくる、きっともうじき役目を終えてしまうのだろう小さな花びら。今度一度でも雨が降ったら、すぐ葉桜になってしまう。



どうして私と花見をしようと思ったのか、聖は言わなかった。だから私も聞かなかった。なんて私らしくない考えだろう。聖は本当にここにある桜を見ているのか。聖は果たして私を私として見ているのか。澄んだ瞳の奥を覗くことを諦めて、私はただ弁当をつついた。



死体が埋まってるんだっけ? そんなことを言いながら平然と唐揚げを摘まむ聖を、私は理解できないと思う。でも、どうして私だけを今日ここに誘ったのかくらいは、理解したいと、思った。聞いたって素直に全部本心を見せてくれるとは思わないけど、聞かなきゃ片鱗すら見せないだろう、今の聖を。



眠り姫を肴にして、ふわふわとした酔いを楽しむ。もう飲めない。もう飲んじゃだめ、と背の低い缶を取り上げた指は、関節の存在を感じさせないほどすらりとしている。浮いた肩甲骨のために意外に骨ばって見える背中が少しはだけている。ざっくりとしたシャツは聖に良く似合う。二人分の体重を支えていた手で、髪に乗った桃色をとってあげようとして、やめた。



スカートのフレアが変に折り畳まれ、でこぼこした感触がある。でも直すために動くと聖を起こしてしまうかもしれないから。無意識に擦りつけられ肌の上で跳ねる勝手な髪。彼女は私のことなんかいつだってお構い無しなのだ。自分の弱っているときだけ気を使ってくる。まるで遠回しな自傷行為。



今、素直になってくれてるなら、それでいいか。

細い髪に落とした口づけは結果的に桜を落としてしまった。寝てしまう訳にはいかない、だから私は聖を見ている。聖のことを考える。カーディガンの隙間から風が吹き込む度に頭上の枝は花を減らす。もっともこのままふたり埋まってしまうにはとてもとても足りない。



聖の重みが、体温が心地よかったから片手だけを回してその痩躯を抱き抱える。

のどかな風物詩をも侵食するほの暗い闇には、敢えて踏み込まないままで。











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はっぴーはろうぃん。(ハロウィン)



オオカミ男?


違うよー、れっきとした女の子でーす


……はたち過ぎて女の子、とか言わないの


まあ仮装はオオカミ男だけど


でしょうね


いやー、お菓子の代わりに可愛い女の子を頂いちゃう身としましては、女の子って言っておきたいじゃない


あのね、


あ、でもお菓子も欲しいな


はいはい、クッキーとキャンディ、どっちがお好み?


それは皆に配るのでしょ?

わたし用には?


冷蔵庫にケーキとシャンパンが冷えてるわ


後のお楽しみってこと?


そ。

皆をもてなす前に酔っぱらっちゃ駄目よ、オオカミさん


うーん、じゃあ先に蓉子をもらおっかなー


箒で叩き出すわよ


……いやそこは魔法にしてくれないと


生憎使えないの


でもオオカミは食べちゃうもんね


……やめなさい、聖


噛まれるの、お嫌い?


……そういう問題じゃないわ


ドラキュラのがお好みなら、いまから着替えてきてあげるけど


どっちも一緒じゃない


あ、ミイラ男でも良いよ?


……何がいいたいのよ


え、好きでしょ、こーそくぷれ……ぐえっ


何か言い残したことは?


……ございません、魔女殿


よろしい。

それじゃ聖、トリックオアトリート?


へ?


あら、私にはお菓子もないの?


え、だって、蓉子が用意するって


それはみんなの分でしょう?


け、ケーキとか、ふたり分はたっぷりありそうだし


ないのね?


ご、ごめ、ん……っ!?


はい、トリックひとつ、ね


え、あ、……うわぁ


顔が真っ赤よ、オオカミさん


……魔法のせいだよ


そろそろみんな来るから、恥ずかしいこと言ってないで支度しなさい


……はーい














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花が、咲く。(聖誕祭)



胸の頂のあたりに息がかかり、うっすら膜が張れるのではと思えるほどべたべたになるまで舐められた後も、聖は執拗にそこに執着している。肌を吸われる感触はぴりぴりと途切れることなく、もう目を瞑ってしまっているから見えはしないけれど、私の表面は小刻みに確実に染められて行く。永遠よりはずっと短く、瞬間よりは遥かに長く、留まり続ける血の澱みは、むしろ私から滲み出たものだ。溜まり過ぎて、もう溢れるしかない愛を形として表す手伝いを、きっと聖はしてくれている。



密着していた身体が離れる気配がして、ほう、と息を漏らした私を、聖の指が咎めるように揺らす。濡れた唇が押し当てられ、うつわになった私の口の中で、唾液が混ざり合う。舌が激しいからのみこみきれなくて、首の筋にあわせ滑り落ちてゆく。見えるところはやめてと言ったから、色の変わらないままの、薄い皮膚。知らしめたいのがあなたの独占欲なら、あなた以外に見せたくないのが私の独占欲。かわりのように垂れ続ける、あなたを求めた証。ねっとりと絡めとられた口腔の欲が、きつく吸い取られ身体が揺さぶられたせいで、小さな飛沫として飛散する。粘性があるから有り得ないその感覚を、想像させるように聖の手が髪の生え際を掻き回した。



顎の支えが消えたことで、ぐたりと落ちた頭からは、もう殆どのくだらないものが抜け落ちている。耳の後ろを撫でる手つきは、わざとらしく私の注意を逸らそうとする。自らの毛先で擽られる、くすぐったさより強い焦れったさ。たわめた髪を左耳に突っ込まれ、抗議しようと口を開けたところで反対側の胸に衝撃が与えられる。放置され続けた高まりを補う勢いで噛みつかれる。



吐き出された液体を、再びじっくりと塗り込められていく。よじった顔に逆らわず肩におりた右の手は、先ほどまでのたくさんの刻印を、押し潰しながらなぞっている。紅を爪で助長されるたびに、震える上半身は痺れを腰に送る。逃げられない拘束はしなくとも、受け流せるほど優しくはしない聖は、心臓を苛めるように先端をきつく摘まんだ。



ずっと私に浸かってふやけてしまっていても、芯を失わない強さは聖の分身そのもので。ひと続きの私とあなたが互いを目に映せる喜びを伝えようと一際弱い部位できつく締め上げる。まだ胸から離れない唇が、私の名を紡いだのを真っ先に感じた肌は、隙間無くあなたへの愛を示している。足の付け根に、感じやすい脇腹からお腹の窪みに、敷布と摩擦されている肩口から反り返り汗の滴る背中まで。浮かび上がる結晶は例外なく紅い。熱に浮かされ色づいた細胞たちを、ぬるいと嗤う散らばり。







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2008年度分の行事物まとめ。
大晦日~新年、節分なんかもやりたかったなあ。













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