春待ちの窓(祥+蓉)



「……そう、春が来るのよ」


儚さは良く桜で喩えられる。古典的比喩は美しく切ないだけで私は余り好きでは無かった。いや、伝承など、事実にそぐわないものから消えて行くのだから、少なくとも普遍的な真実であることは確かなのだろう。春は別れだ、この地では。同じだけ出会いが在る保証などどこにも無い。


不謹慎で無遠慮な思考をゆるゆると浮かばせていた私の前、気がつけば触れそうな距離にお姉さまの髪が。さらりと流れ合間から覗く細められた目。いつも見ているようで、見慣れているようで。けれどその達観した暖かみにはいつもかなわないと思わされる。


お姉さまは私の方を見ていた。けれど私を見てはいらっしゃらなかった。その脳裏に浮かぶのは誰なのか、普通に考えればもうすぐ卒業なさる紅薔薇さまなのだろうけれど私にはどうにもそうは思えない。お姉さまは私を見て自身の姉を思い出すことは無いのだろうと、なんとなく感じていた。その思いは本当に漠然としていて。柔らかな視線が少し辛くなる。


「春は、お好きですか」


私の息は届いただろうか。

ロザリオの鎖が首もとでしゃらりと鳴った。動いたのは私。


微かに顔を挙げる所作にしか過ぎはしなかったけれど。お姉さまは確かに一瞬呆気に取られた表情をして。


「祥子は、嫌いよね」


すぐにくすりと笑って混ぜ返してきた。

はぐらかされた。そう、理解は出来てもその先は私には分からない。それにお姉さまとのそのやり取りは嫌では無かったから。


「……寂しい、ですか」


柄にも無いことを口に出してしまうのだ。するりと流れ出て、最初の一滴で後悔するのに後は自分では止められない。せめてもう一度はぐらかしてくれれば良い。


「そうね、寂しいわよ」


逃げるための期待はいつも裏切られる。嫌な訳では無く、例えるなら悔しいという感情が仄かに立ち上る。何処か甘やかに。


「あ、もしかして嫉妬かしら?」

「……違いますっ」


少し声をあげた弾みのまま私は立ち上がった。この場にもう一杯ずつの、温かいお茶を。ポットのお湯の残量を確認する。

表情も何も崩さないままで。お姉さまはいつまでも私の方を、見ていた。開け放った窓からは華やかな風が撫ぜていった。

水道からは確かに春先の水が流れ出す。まだまだ冷たく、指先は直ぐに紅くなるけれど。


お姉さまの視線が私を甘やかにすり抜けていった。















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羨望(江令+祥)



素敵ね、と貴女が言ったから。

私は二度と髪は長くしないと決めていた。


とは言っても、前から長くしていた訳では無い。似合わないからとか、理由をこじつけることは幾らでも出来たけれど本当のことはと聞かれると私にも良く分からなかった。ただの、惰性。或いは、思い込み。自己暗示はその内に意識しなくともされていく。ずっと、ずっと。多分、示唆されてきた。

貴女に褒められてからはそれが名実共に理由になった。照れくさくて、嬉しかった。単純かもしれない、いや、事実単純なのだろうけれど、お姉さまに褒められたことは嬉しくて。微笑んでいた顔をそっと思い浮かべると、その隣で由乃が膨れていて私は思わず吹き出した。


「……何?」


鋭い誰何。祥子は不機嫌そうにこちらを見ている。机の向こう側に手を振ると眉間に皺がよる。こういうところ、蓉子さまに似てきたね、て言ったら怒るんだろうなあ。照れ隠しに。


また浮かんだ笑みを隠すように報告書に目を落とす。僅かに目にかかる髪は相変わらず短い。くしゃりと掴むと毛先がちくちくと当たる。令、余り調子に乗らないの。いさめられたみたい、とまた馬鹿なことを考えた。

数分前の会話を思い出す。


‘どうして髪を伸ばさないの?’


姉妹になるとき手放しで褒められたから、なんて誰にも言わない。


‘向いてる、からかな’


そして私は、素知らぬ顔で嘘を呟く。








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空蝉(令由)



……れいちゃ

なあに、由乃


呼びかけるとすぐに私の方を向く、令ちゃんの笑顔は好きだけど嫌い。

好きだから、嫌い。


……なんでもない


何よそれ、とまた無邪気に笑う令ちゃんの頬に爪を立てたいような衝動に襲われて、私は車窓をかりりと弾いた。手を顔を張りつけて覗き込むほどもうこどもじゃないし刺激的な風景がある訳でもない。


そんなに楽しみ?


肝心な時にずれてばかりいる最愛の従姉は裏がないからたちが悪いのだ。今から祐巳さんたちに会いに行くことが、どんな意味を持つのか。このお人好しは考えたこともないに違いない。


……別に


抱きしめて、という代わりに。

ずりむけたという足首の靴擦れを想像の中で蹴り飛ばして、冷房のせいで冷やされ湿っている窓ガラスからそっと手を離す。


がたん、と曲がりくねった線路の上に乗った電車は閑散としたまま私たちを軽井沢に運んでいく。









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山百合会は今日も平和です。(新山百合会世代)





祐巳さま

ん?

瞳子のこと、泣かさないでくださいね

そりゃあ、勿論だよ
……あ、でも

はい?

乃梨子ちゃんが志摩子さん泣かせてるみたいなことはあるかもなー

なっ……!

……祐巳さん、本当、最近誰かに似てきたよね

ほえ?

ほえ、じゃないわよ!
志摩子さん!

……え?

何ぼーっとしてるのよ!
白薔薇ファミリーの話じゃない!

ああ、最近乃梨子とお泊まり会もしてないなあ、って

……先週もどっかのお寺行ってたじゃない

だって神仏の前では、できないでしょう?

し、志摩子さん……

キスくらいはしたんじゃないのー?

それは、勿論よ

祐巳さままで!
志摩子さんもばらさないでください!

あら、何か問題でも?

……っ、いや、その、あの

だいたい、乃梨子からしてきたんじゃない

いいなー積極的な妹で

ふふ、でしょう?

……そ、そろそろ勘弁してください……

あーもう、この色惚け姉妹どもがー!!





由乃さんたちもこれからだってー

そういうの、さくっと腹が立つのよ……!






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なかなか書かないCPを今更集めてみました。
旧白や現白をどうするか悩み中です。













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