黄昏の前に(令蓉)



「すみません、夕御飯、作りに帰らなきゃ」

「ん、そうね」


残念そうな顔をほんの一瞬浮かべ、それから私に罪悪感を抱かせないようにすぐに消し去る、蓉子さまはどこまでも優しい。

蓉子さまが感情の波をごまかそうとすればするほど、私はなんとかしてその端を掴もうとする。たぶんお互いに気づいてる追いかけっこをやめられないのは、お互いを思う故だからって知っているのと、お互いを思う故にどうしようもならない自分の気持ちがあるから。


「今度、一緒につくりましょうか」

「はい!」


夕食を共にするというただそれだけのためにさえ約束が必要な私たちを夕陽は容赦無く照らし出す。金色に塗れた蓉子さまの横顔はとても美しかった。触れるのを躊躇しそうなほど。

元からそんな勇気は無かった私は、曖昧にごまかしの笑みを浮かべる。訝しげな蓉子さまの視線はすぐに、仕方ないわね、という甘い笑顔になる。私は何でも許されてしまう。あたたかい蓉子さまは、例え私が傍若無人に振る舞ったとしても、優しく諌めて、それから受け入れてくれるのだろう。とろとろに溶かされそうで、一種の不安すら覚える、蓉子さまの愛。


「好きよ、令」

「私もです」


愛してると自分からは言ってくれない蓉子さまは、玄関先で私を捉え軽いキスをする。伸び上がってつま先立ちになった肢体が、綺麗で、私は目を閉じることもできないままその名残惜しい愛を受け止める。令から言って? と甘えるようにねだられた、恥ずかしいくらいストレートな愛の言葉。今口にしたら抑えがきかなくなりそうだから、代わりに私は髪を掻き乱すように抱きしめて。


「……それじゃ」

「ええ」


笑顔に溶ける切なさは、見ないふりをするのがきっと正しくて。もう一度抱きしめたい、腕を押さえつけて私は頭を下げて手を振ってそして扉をかしゃりと閉める。私がいた場所にこれからひとり残る蓉子さまに、終わりの儀式をさせるのは酷だから。傾いた陽に照らされたコンクリートの上を歩いて蓉子さまから遠ざかって行く。

たぶんあの窓から見ているんだろうな、と思いだけを抱えて、私からは振り向かないまま、まっすぐに。













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ももいろの地図後日談(由+祐)



「で、どうだったの?」

「そりゃあもう、すっごく可愛かったよー」


にへへ、と笑う顔は最近誰かに似てきたと思う。


「顔真っ赤にしちゃってさー、
 でも、目、逸らしちゃだめだよって言ったらちゃんと従ってくれるんだよね」

「……ねえ、髪の毛いじりに行ったのよね?」


幸せそうな満面の笑みのところ悪いけど1日のうちにどこまで手を出したのよこの親友。


「うん、志摩子さんの綺麗さには及ばなかったけど」


つまりその分が可愛さに行ったっていうか?

惚けモード全開のだらしない次期紅薔薇さまはそれでも大輪の花だった。
まだ祥子さまへの惚けなら私も仕返しというかいっそ姉自慢してごめんなさいと言わせる勢いで反撃してやるんだけど。勝ち目が全く見えないとその気力も出なくてがっくりくる。なんか必殺技でも出ないかしら。


「見せたげないよー」

「別に瞳子ちゃん自身には興味ないけどうらやましい!」


ああもう誰かこの惚け薔薇さまをどうにかして! 私が悔しいから!

進まない本に目を落としたまま笑ってる志摩子さんだけじゃどうにもならない。はやく終わりなさいよ1年椿組のホームルーム!


「まあ頑張ってー」


勝者の余裕だ。ぜーったい分かってる笑顔が腹が立つ。


「……だいたい菜々の髪なんてそんな長くないし」


はやく入学してくれないかな、と2年近くかかってたロザリオがなくなってまだちょっぴり違和感のある首もとに手を当てる。


「いじってもらえばいいじゃない」

「そしたら私が照れちゃうでしょうが!」


本末転倒!

私は菜々が恥ずかしそうに頬を染める姿とかが見たいのよ。なんか前途多難だけど夢は大きく!


「でももしされたら嬉しいでしょ?」

「……うん、まあ」








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愛を溶かす(祥祐)



「祐巳?」

「……なんですか?」

「そこに、いるのよね?」

「はい。」


お分かりになりませんか?
くすくすと笑う、祐巳は随分と大きくなった。身長とか体つきとか、そんな些細な成長ではなく、纏う雰囲気が、どっしりとして揺らがなくなった。私の方が姉なのに、思わず身を投げ出したくなるほど。……知らず、甘えてしまうほど。


「……祐巳」


そっと手を伸ばすとすぐに触れる肌。やわらかなまるみを帯びて、あたたかく、寛大で。一瞬ぴくりと震えた後、私をそのまま許しその上に小さな手が重ねられる。暗闇の中でも、祐巳が笑ったのが分かる。


「お姉さま、」


大好きです。
包まれた右手が、あたためられてあたためられて。ほう、と息を吐く。もう片方の手で解かれた髪に触れる。くすぐったげに身をすくめる祐巳を抱き寄せようと力を入れた。


「愛してる、って、言って?」

「……はい」


引き寄せられるままに私の腕の中に入った祐巳は、そのまま伸び上がって。私と至近距離で見つめあう。少し恥ずかしそう、本当は私の方が恥ずかしいのにそんな風にはにかまれたら目を逸らすわけにはいかない。意地っ張りな自分に呆れながら、けれど祐巳に甘える自分はもうどこかで許しながら、祐巳の動きに身を任せる。


「……愛してます」


耳元にささやかれる響きに、きゅ、と思わず握った右手に、祐巳は嬉しそうに笑った。









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福沢祐巳の受難(聖+祥祐)



「聖さま!」

「いーじゃん、祐巳ちゃん、私のこと好きだもんねー」

うりうりーって、私を何歳だと思ってるんですか聖さまは。
……なんかゴロンタへの扱いと似てる辺り人間扱いされてるかも不安になってきた福沢祐巳、現在佐藤聖さまに捕まってます。


「ねー」

ごろごろ転がってる聖さまの方がどっちかっていうと猫っぽい。短い髪がちょっと跳ねてて、私も祥子さまも長いからちょっと新鮮で、わしゃわしゃやってみたいってちょっと思う。
なんか喜ばれそうだしやらないけど。ささやかな興味のためにお姉さまのヒステリーを降臨させるのも遠慮したいし。


「祥子もこうしたいんでしょ?」

邪気のない笑顔。でもそう見せてるっていうのは私にも分かるんだからお姉さまなんかにはもろバレだろう。ビシ、と背後で空気が固まったのがひしひしと伝わる。だけど私の膝には今現在重しが乗ってて動けないんです祥子さま。上級生の頭を押しのけて床にぶつけるなんて私にはできないんです。


「あ、でも祐巳ちゃんもされたい側だよね」

……それはフォローのつもりですか。
ひしひしと伝わる後ろからのプレッシャーにそろそろ胃を痛めそうなくらいなのに、私を挟んだおふたりは遠慮の気配を微塵も見せない。蓉子さまの名前を出せば少なくともこの現状からは逃れられそうだけど、良い方に転ぶかどうかは正直賭けだし。
私あんまり運良くないしなあ、なんて現実から逃げたがる心がふわふわと浮いていく。


「祐巳!!」

「ひゃいっ!?」

にやにやしてる眼下の元薔薇さまから視線を逸らしながらお姉さまに返答。この状況で後ろを振り向けと言われますか、背中を見せた日には何をされるかわからないというのは私の経験則であってお姉さまはご存知では無いのですか。私だって好きでされてるわけじゃありませんってば!


「あはははは」

本格的に笑い出した聖さまに心中で文句を投げつけながら私はそうっとお姉さまの方を向く。
どうか何もされませんように、なんて儚い願いってわかってる望みをあんまり運をくれないマリア様に祈りながら。








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あまりに祥子がかわいそうになってきたので救済策(苦笑)。
しかし書きかけの令祥や祥蓉はダーク一歩手前という……。











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