そう、彼女は蟻に似ている。



ちいさなせかい



勿論働き蟻に、だ。地道な作業をこなせる人種というのを、私は密かに尊敬していた。この間までは小馬鹿にしていたのだから私も勝手なものだ。こんなこと口にしようものなら「何を今更」などと確実に言われるだろう。ちょっと目を釣り上げているか苦笑を零しているかはタイミングの問題。


「…聖、手が止まってるわよ」


あ。嘆息しながら、っていう可能性もあったか。

私にあてがわれた量の三倍はあった紙の山はもう私のより低くなっている。珍しくいる由乃ちゃんが終わったものを仕分けしていて、気がつくと机の上は結構に煩雑となっていた。


働き蟻の一定数は働いてないんだよね。
ぐるりと見回すと2年生組以外は皆仕事してた。彼女達は職員室と印刷室。ああつまり私以外は精を出してるってことね。ご苦労さま。
尊敬と憧れは微妙に違う。凄いとは思うけど、別に彼女になりたくはないしね。

帰ってきた世界に。安心してる自分に安堵。大丈夫。私はまだやっていける。


あーでも蟻って女王蟻以外皆雄だっけ……。生物或いは理科の記憶の断片が不意に浮かぶ。ついでのように小煩い女教師の姿が像を結んで私は思わず肩をすくめた。同時に手から抜けたペンが転がる。


「……聖」


咎める、声。彼女によって拾われた細身のシャープは、私が使うよりも彼女の方に似合ってるように見えた。
……駄目だ、現実から遠いことしか考えてない。
似合わない私物の回収のために手を伸ばす。一緒にさらりと髪を撫でようとすると思い切り体を反らされた。
これは照れてる反応。


「蓉子、ちょっと頑張りすぎでしょ」

「貴女の分だけで休憩は過剰に取られてるわ」


私の分まで取ってくれて有難う、と笑顔。知ってる、今蓉子はほんとは困ってる。怒ってはないけど、ちょっとだけ困惑してる。


流石にここでハグしちゃまずいよな、と中々成長した私は代わりにペラリと一枚。志摩子にタイミングよく置かれた珈琲が誘惑したけれど、少しだけ我慢。

働いてないポジションを誰かに提供。心でも読んだのか江利子がにやりと笑みを寄越す。


少し前までは彼女を落とそうと蟻地獄さながらに粘っていたというのに。
私も中々成長したな、と自分でもう一度苦笑した。















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an imaginative lover



ストイックな蓉子のきっちりとした制服にじりじりと手をかけて、難しそうな表情で考えこむ彼女の表情に熱と潤いを与える。


退屈をまぎらわせるために始めた想像は存外楽しくて、私はいつの間にか結構引き込まれていた。それで結果的に退屈では無くなったのだから全く問題は無いのだが、にやにやとした笑みが漏れてしまい蓉子には盛大に呆れられてしまった。ほら、眉間に皺が寄ってる。手を伸ばしてほぐすように触れると慌てて椅子が引かれた。そんなに離れたら、書類届かないよ?


「……そう思うなら、手伝いなさいよ」

既に諦めている口調で言われても。
さっきより少し離れて、蓉子はまた顔を伏せた。文字の羅列を追っている先は、繰り返し同じところを漂っている。真剣なようでいてぼうっとしている。面白い。書類に目を通すふりでもして寝てそうだな……って、それは私か。


退屈はどうやらどこかへ消えていってくれたようなので、私は自分で紅茶のお代わりを入れるべく立ち上がる。蓉子が入れてくれた銘柄は分からないけれど、まあ、何とかなるだろう。何なら一度洗ってしまえば味も混ざることは無い。


蓉子といるのは幸せだ。でも、幸せがいつも退屈で無いとは限らない。
架空の小説を編み上げながら、のんびり。蓉子のカップもさらって、ありがとう、ということは出来ても紅い顔をあげられない彼女のために。匂いで蓉子のお気に入りを探し出して、嗚呼蓉子の香りだ、とか考えて。悦に浸っている間に紅茶は少しだけ濃いめになってしまった。


立ち昇る湯気に、くらくらする。机のソーサーの上に2客落ち着けると、私はその湯気の中で、蓉子に。

想像を本物にしてしまおうかな、って、ちょっとだけ考えた。

「ふたりのときは、蓉子って名前で呼んでこっちを向かせて、」
そう、こんな感じで。


結局頭の中の原稿を破り捨てて代わりに文化祭の計画書を手に取って。
冷めかけた紅茶に口をつけるのはそれよりも結構、先のこと。

退屈の狭間の、少しだけの間の時間。








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お茶請けお茶菓子



「……そうね、令と付き合えば良かったかしら」


ゴトン、と鈍い音。ナイスタイミング。


「店員失格ね」

「え、ちょ、お姉さま!?」

「あら何で私に言うの?」


声を押さえて笑うなんて勿体無いこと、こんな状況で出来やしない。でもふたりの反応を見られないのはそれ以上に惜しいから踏みとどまって笑ってあげた。ワインレッドに染まっていく床、若い女の子の叫び声。支倉さん!? す、すみません! 元気ねえ、と目を細めて、真っ赤なふたりを堪能する。


「早く言いなさいよ!」

「何をかしら?」


ああ、もう駄目かもしれない。


「それで結局蓉子、誰が好きなの?」

「……聖に決まってるじゃない」


それは重畳、と最後のケーキをぱくり。令が倒してしまった紅茶も匂いだけで添えて、細かなパイの欠片が蓉子の口の中に無事入れられるのを確認する。耳まで染まって、どうしてそんなにあいつが好きなのか疑問ではあるけれど聞く気なんてさらさらない。一方的な惚けくらい許してもらわなくちゃ割に合わない。


「だったらなんとかしなさいよ?」


なんにも変えやしないけれど、これが私のお節介。分かっているのかいないのか、拗ねたように頷く蓉子を確認する。


にこ、と令に笑うとちょっと戸惑った後、はにかんだ笑顔を見せてくれた。これくらい素直になれれば良いのにね、と目の前の親友を改めて見直す。

取り敢えず肴にくらいはなりそうだったのでもうひとつ追加でケーキを頼むために、私は令を引き寄せ耳元に口を寄せる。紅く染まった肌が愛しくて、見せつけるようにゆっくりと、注文を囁いてやった。










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君に溺れる



行かないで、と搾り取る勢いでくわえこんでくるやわらかな襞に逆らって指を動かす。私という存在を覚え込ませるために爪を立て抉り取る。いくらでもあげるから、と囁きながら、暴力的な締めつけの中、ゆっくりとゆっくりと痕跡を刻みつける。

どろどろの境目から入り込む質量を増やすと、ぐちゅ、と気泡の潰れた音がして。甘い悲鳴の破裂が私に与える更なる充足感によって突き動かされる3本の楔。押し広げると溢れる愛液、苦しげに膨らみ上下する胸。伸び上がって、張りつめ真っ赤に血の色を浮かべる、先端にやさしく口づける。

こぼれ落ち漏れ続ける喘ぎがより近くに感じられるようになり。一番の熱源をかき回しながら吸いつくと泣き声の高低は複雑さを帯びる。熱に浮かされ掠れたままの声音で呼ばれる名前は私の脳髄を痺れさせる。離すまいと絡みつかれる。だから私は、何度でも。


ぶくぶくと泡立つ隙間から沈む指を、みつめるだけでどうしてこんなにも満たされるのか。全身が熱くなる、きっと蓉子に包まれている。滴る大粒の汗も混ぜてしまおうと肌を擦りつけるとぐうっと喉が鳴った。その様に、私が息を詰める。捕らわれたすべてが沸騰する。








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24時間の御題、で没にしたものの中からいくつかピックアップして加筆修正してみました。
どの御題かは結構分かりやすいと思います。











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