バラエティークッキー(令江)



「お姉さまって、すごいんですね」

「そう?」


令の紅茶、おいしいじゃない。
持ってきたかいがあったわね、と金色の缶を見やるお姉さま。スタンダードなその紅茶は、お姉さまの手に納められるとなんだか特別なものに見える。


「ねえ、令はお菓子つくりも趣味なのよね?」


ぼう、と見とれていた私に、お姉さまの軽い言葉。細くしなやかな指先が、わずかに覗く白い手首が、金の輝きを抱く情景から慌てて目を離して私はお姉さまに。
向き直った先に改めてまみえたお姉さまは当たり前だけど顔も綺麗で、思わず赤くなってしまう。


「クッキーって、色々な種類焼くの、大変?」

「ええと、どういう意味ですか?」


言葉は入ってくるのに、耳に心地よく響くのに、私の沸いた頭はなかなかうまくそれを情報として処理してくれない。甘美な囁きとしてだけ溜まっていく。
強引に理解させた後、それでも意味が取りきれなくて、結果失礼な返答にならなくて良かった、とこっそり胸を撫で下ろす。


「つまりね、蓉子は甘党だけど聖は甘いもの苦手なのよ」

「……はあ」

「どっちかが無理しなきゃならないお茶会ばかりでもつまらないじゃない」


はあ、と私に呼応したわけじゃないけど大仰にためいきをついたお姉さまはほんの少しその瞳を曇らせていて。
親友思いなんだ、と思わず感嘆の声をあげたくなる。そんな素振り見たことなかったけど、お姉さまが隠してるか、私が馬鹿だから見落としてるか、どっちかなんだ。なんだかすごく嬉しい。誇らしくって誰かに自慢したくなる。


「お姉さまは」


つい口に出た心情にお姉さまがついと反応。慌ててごまかしの言葉を探す。


「お、お姉さまの好みは、なんでしょうか」


……いやごまかしになったと言えばなったけど、でもこれは後でしっかりと聞きたかった事柄だし、ああだけど今しっかり聞いておけばそれはそれでいいのかな?
ぐるぐるぐる。お姉さまは落ち着いたまま、私だけが取り乱し慌てている。


「ああ」


そうね、甘さは控え目が良いかしら。
あとは隠し味に何かとかひとひねり効かせてくれれば、と目を細めて笑うお姉さま。その思い出の先に何を思い浮かべているのかはわからないけれど、いつかその幸せな視線の先に私のお菓子を浮かべさせたいな、なんて、私は不遜にも考えた。この気持ちはいったいなんて言えばいいんだろう。まさか、独占欲?


「隠し味……ですか」

「別にわさびとかそっち系でもいいわよ?」


くくっと笑うお姉さまは悪戯っ子の表情で。良く似た顔をしょっちゅう見てるからか私は気が抜けるやら愛しく思えるやらで目まぐるしい。ね、と見つめられるまっすぐな瞳に心臓が跳ね上がる。少し上目遣い、もしかしてわかってやってますか?


「うん、じゃあそれがいいわ」

「えぇ!?」


よろしくね、と歌うように告げて、お姉さまは私から離れ洗い場へ。手でもてあそばれたあの缶が、きらきらと明かりを反射して、光っていて。うらやましくて、そんなことを思う自分が気恥ずかしくて。どうしたものか、と頭を掻く。
取り敢えず今日は砂糖控え目のを試作かな、なんて思いながら。













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past tense(聖+祐)



「祐巳ちゃん」

「……何ですか?」

「君のことを、愛してたよ」


嗚呼弱い私はこんな小さな子にも縋ろうとする。


「…そうですか」

しがみつく私も彼女も、あの時代錯誤な制服はもう着ていない。彩りを覚えた肌同士が、華やかな壁でふたりを阻む。


「私も、ですよ」

「……え?」

「聖さまのことを、愛してました」


特別ではないかもしれませんが、特別でした。
照れくさそうな声が、顔をあげないでくださいと私の頭を押さえつける。何度も飽きもせず抱きしめたあの頃から、少し成長した身体が柔らかく私を受け入れる。目的も反応も感触も違う、でも私は情けない抱きつき魔は変わらないままなのに。


「……過去形なんだ」

「聖さまだって、過去形だったじゃないですか」


あの頃より賢くなった祐巳ちゃんは緩やかに私の背中を撫でた。なんか、似てるな、と思って、笑いがこみ上げる。そういうことなのだ。過去形、結構じゃないか。


「そうだね」


だけどもう少しだけは、このままでいさせて。
肯定の笑い声のあとで、懐かしいです、なんて呟く少女も、確かに私を過去にしていた。









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嘘つき(令祥)



「……祥子」

「なあに?」

邪気のない笑みを消して、おずおずと私に歩み寄る令。自らの首が肢体が供物だと言わんばかりに私に頭を垂れようとする優しい親友。
優しくて優しくて優しすぎて残酷な親友。


「好きだよ」

ああほら、地雷の埋め込まれた場所に立ち入ってぐりぐりと踏みつける、あなたの素足はとても綺麗。
やわらかい芝生にすら傷つけられそうな御足、私にはまぶしい精神の静けさ。


「嘘つきね」

知らず踏みにじられたことを告げることができない私は代わりにあなたを目に見えるかたちで踏みにじるばかり。


「嘘じゃないって」

「じゃあ、詭弁家なんだわ。
 江利子さまに似たのかしら?」

あの子の名前を出さない私はまだ平静を保てている。
呆気なく手に入ったあなたの心臓を握り潰す真似までは私はしない。大切なのかもしれない、令は確かに好いているのかもしれない私と同列な人だけを持ち出して揶揄する。こんな醜さすらあなたは気づかないけれど。


「祥子もその毒舌、蓉子さまにそっくり」

「ちょっと」

それだからあっさりとお姉さまの名前を使ってくる、令の鈍感さ。あなたと違って私にはお姉さましかいないのに。あなたを気軽に好きだと言えない私すら見抜いて包み込んでくださる唯一の方。あなたが特別だとけしてあなたにはいえない私。


「あはは、ごめん。
 厳しいところが、ね」

お姉さまへの悪口めいた形容で、話を逸らそうとしたことに気づかないと思っているの。あからさまにほっとした顔を見せられて私が見抜けないと本気で信じているの?


「令、愛してる」

「……」

ほら、やっぱり。
安く陳腐なのにサービストークの語彙にいれないあなたの真面目さは少し好き。反撃できず、繕えず誤魔化せず黙りこくるあなたは少し愉快。この沈黙はひどく嫌い。


「……祥子」

「謝らないで」

ぴしゃりと言いつける。そんなものが欲しいのではないの。
嘘も詭弁も要らないから愛してるとも言われたくない。さっきの沈黙以上に正しい答えは要らない。


「……」

「謝らない、で」

お願い、だから。
私にあなたを嫌わせないで。









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(江由)



「私、あなたのこと、そんなに嫌いじゃありませんでしたよ」

「そう、嬉しいわ」


ふふっと笑うこの人から、あの厭味な棘はいつ抜け落ちたのだろう。阿呆みたいに額を強調していた年に合わないヘアバンドをやめた頃からだろうか。年甲斐はなかったけどあれもこの人に似合ってないわけではなかった。無造作に流された髪すら周りを魅了するこの人はきっと何だって似合ったのだろうけれどそれでも実は結構可愛いなんて思っていた。


「由乃ちゃん」

「……なんですか」


なんでもないわ、とまた笑う。ふてくされてみせれば笑う。おかしそうに懐かしそうに目を細めて笑う。勝手に過去にするな、と言いかけてやめる。いつから私はこの人に遠慮なんてものを覚えたのだろう。


「……なんでも、ね」


好きよ、ということばが、空に紛れた。
私は気づかない振りをしてこの人の隣に座り続ける。誰に告白してるかなんか、絶対に、気づかない振りをして。









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拍手没話なんかをちらほらと。












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