幸せな夢くらい、ひどいものはないわ。




Nightmare 蓉子Ver.




「せい!」


読書灯をつけて海外小説を読んでた私は布団の上で文字通り飛び上がった。戦争ルポとかノンフィクションと銘打たれてたはずのこれが何故か官能小説もかくやと言った話だったこととは関係ありませんよ? ありませんとも。


「……聖?」


ぺたぺたと私に押し当てられる小さめの手。頬に、肩に、胸元に、繰り返し繰り返し。呆気に取られてされるがままになっていたけれど。


「……どうしたの?」


囁くように訊くと唐突に襲撃は途絶えた。
ちょっと勿体無いかな、なんてとぼけた感想を抱きつつ改めて蓉子を見つめるとその瞳が唐突に盛り上がって。


「せい、……せぃっ」


うつくしい黒髪が翻って視界を蓉子でいっぱいにした。蓉子に胸に飛び込んで来られたのだと気づいたのは私にしがみついて震える彼女を咄嗟に抱きしめてからだった。


「よ、蓉子?」


ぼろぼろと涙が落ちるのを感じる肌。顔全体を擦りつけられて、嗚咽の振動すら正確に伝わる。顔自体は見えないのに、鮮明すぎるほど。


「あ、あ……は、……う」


泣きじゃくる蓉子に、私は、何もできずに。ただ時間をあげるだけ、本当にこれで良いのか不安になる心を宥めすかしながら腕の力だけは緩めまい、と。
蓉子が落ち着くのをひたすらに待ち続ける。無力さが情けなくて、でも蓉子を助けたくて、楽になって欲しくて。
俯いた蓉子に不安感が振り切れそうになった頃、蓉子は漸く、私に向かって。


「――夢を見たの」

「……どんな?」

「……すごく、幸せな夢」


きゅっと力が込められた細腕が私の背中に縋りついた。そんなに密着しては苦しいだろう胸が頑張って吐いた息が、私の胸の合間に落ちる。


「ずっと前に、同じ夢を見たことがあって」


苦しそうなのは、きっと、私のせい。


「また、ひとりきりの現実なのかなって」


胸を衝く、蓉子の告白。
苦く笑う蓉子は何も悪くない。悪いのは私だ。なのにどうして蓉子を苦しめるんだ。
堪らなくなって、抱き抱える腕を、思わずもっと強くした。いっそ蓉子の苦しさが、呼吸しにくいから、だけになれば良いと思った。


「ここにいるから」

「せ、」

「だから、泣いていいよ」


いつも蓉子が私にしてくれるように。あれほどの安心感はあげられないかもしれないけど少しでも蓉子を落ち着かせることができるなら。


「ふ…っ……」


声も抑えなくて良いよ。我慢しなくて良いから。
ここにいるから。もうひとりにはさせないから。
あやす私の声が、蓉子に現実として染み入るまではこうしているから。











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喰らいあい



「やあぁっ……」


ちゅ、と吸われ、身体が仰け反った。もう真っ赤だろう場所に、聖が可笑しそうに息をかける。ひくひくと震えるととがらせた舌先が周りをつつき出す。連続して背筋を通り抜ける刺激、内腿が閉じぎみになる快楽。波が次々訪れ、だけど足りない。揺すりそうになる腰を必死で押さえる。


「蓉子、気持ちい?」


まだ聖は脱いでいない。内股に触れる聖の手が、たまに袖口の布地のざらっとした感じを私の肌に乗せる。顔を埋められむしゃぶりつかれた時に、聖の前髪にくすぐられるのと同じような感覚。快感はあるけれどもどかしい。もっとはっきりと聖を感じさせて欲しい。


「い……じ、…わる…」


欲しい、なんて言えない。気持ち良いともでも足りないのとも言えない私がどんどん追いつめられていくのを聖は楽しそうに眺めている。本当に意地が悪い。くつくつと笑う動きにさえ身体が震える。息をかけないで。動かないで。もっと、ちゃんと、して。


「よーこ」

「……っあぁ!」


目を逸らした私を咎めるように、或いは堪えきれない私を宥めるように。衝撃の後の充足はけれど一瞬で聖はまた空気だけを動かして私を煽る。器用に加減してもどかしさだけを積み上げていく。

何も言えなくなりそうになった頃、聖はその刺激すらもやめた。袋小路で震える私、出口に陣取って得意気な聖。はやくおいでよ、と私を待つ、だけど自分は動かないまま。安全地帯で待ち受ける、嗚呼本当にずるい人。縋る私で優越感を得ようとするひどい恋人。


「……聖、」


……でも良いの。私を見ていてくれるなら。

実感をあげる。私にはあなただけだって証明してあげる。あなたが私に執着する時間を引き延ばすために堪えて耐えて苦しんでそして最後に陥落してあげる。それしか私にはできないから。


「お、ねが……ぃ」


具体的には言わない私。全てを手に入れるまではあなたは私を求め続けてくれるでしょう? 気が狂わんばかりに追い詰めて踏みにじって私を愛してくれるのでしょう?


「仕方ないなあ」


満ち足りた顔で、誇らしげな表情で、私を蹂躙するために牙を剥く聖。放っておかれて体内にこもり続けた熱が、突破口を欲しがって更に荒れ狂う。呼吸すらうまくいかない。

痙攣のようにぶれる腕であなたに手を伸ばす。止めない聖はまたひとつ、私の愛を捕まえようとして私を組み敷く。もっとあなたに溺れてもらおうと私も力をこめる。鎖をふたりで編み上げる。


「う…っん……!」


痛いほどの充足が、私を巡った。











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イエス、マイレディ



「舐めてくれる?」

「……」


戸惑いながらも、素直に口を開ける蓉子に、蜜にまみれた指を差し入れる。


「ん……」


濡れた漆黒が隠れ、代わりに落ちた睫にも水分はたっぷりと乗っていて。
自分の味が広がったのか、眉をひそめるのと連動してふるりと震え、きらめいて流れ落ちようとする。

動かない異物に安心したのか、こく、と唾が一度呑み込まれて。そのときに口内で吸われる心地よさ、噛みしめながら私はただ蓉子の髪を梳く。無理はさせたくないから、しあわせな気持ちをあげたいから。だからもう今日はこれでおしまい。

今度は意思をもって吸われた肌、付着してたものを蓉子は丁寧にきれいに取り除いていく。でも挟んだ腿を揺らすと、対照的に小さくくちゅりと音が立つ。また力の入った眉根に苦笑い。歯が微かに当たって、慌てたように引っ張り出された、私の中指。


「大丈夫だよ」


ぺろ、と、それでも癒すように舐められる。空気の冷たさに加え蓉子の息がかかってすうすうする肌に、優しい刺激。先ほどまで何を味わっていたのか自覚したらしい蓉子の頬が、かあっと紅潮する。ごまかすようにそのままちろちろと舌が這う。どこまでも可愛い。私だけの蓉子。

指のつけ根、皮膚の薄いところがつつかれ反応した私に蓉子はそっと目を開けた。唾液が垂れないよう、蓉子にしては大胆におおきく舐めあげて、そして私の右手から視線が離れる。どうするの? と無言で尋ねられる。


「シャワー、浴びよっか」


抱いて行って欲しい?

笑いながら囁くとますます赤みを帯びる耳。伏せてしまった顔も朱に染まっていて可愛くて。小さく首が振られ、実は私もひと安心。いくら華奢な蓉子でも人ひとりをずっと持ち上げていられるほど私の腕力はない。

蓉子の髪に埋まっていた方の手を静かに差し出す。しばらく見つめられた後、ようやく蓉子の右手に繋がれる。その手を引いて起こした蓉子が、身体に負担をかけないようゆっくりと床に足をつけるのを優しく見守る。


「聖」

「ん」


信頼された瞳がくすぐったい、蓉子に頼られてうれしくて舞い上がる。地に足がついてないのは私の方、ふわふわしたままの浮かれた意識。
蓉子の手を包み込むように丸めた指で、蓉子と繋がって。触れ合う手の平があたたかかった。




























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