あまあし(令×江利子)
「強くなってきたわね」
「……何がですか?」
「あまあし」
一文字ずつ区切るように歌うように話すお姉さま。この方の唐突さには慣れては来たけど結局振り回されることは変わらない。湯気の立つ紅茶で部屋が曇る錯覚。薔薇の館でふたりっきりなのはそういえばとても珍しいな、と思った。
「今日は何も無かったんだっけ?」
「あ、はい」
せっかくふたりならお姉さま好みのお菓子でも作ってくれば良かったかな。ああ今日は学級委員が集まっているから誰もいないのか。部活と山百合会を掛け持ちしてるからと勘弁して貰った私と、「前期にやったんだからって言って逃げ切ってきたわ」なんて笑っていたお姉さま。もうひとりの聖さまはどうやら山百合会すらさぼっているらしい。雨なのに今どうしてるのかな、とぼんやりと考える。
「雨、嫌いなの?」
窓の外ばかり見つめるお姉さまにいつの間にか視線を向けられていて心臓が跳ねる。
「そうですね、好きではないかもしれません」
「どうして?」
「道場や防具は湿るし、由乃も体調を崩しやすくなるし……」
この方は純粋だから、いつもつい誠実に答えてしまう。ありきたりな天気の話題であっても、物憂げな瞳でも私に純粋に興味があるのだと思わせられるから。がたがたと窓が鳴った。本当にひどい天気。
「ふうん」
つまらなさそうな相槌に、満足が見える私は思い上がっているのだろうか。
「私は好きだけどね」
だってわくわくしない? 嗚呼覇気も無いのにどうしてこんなに。何気ない一言で私を魅了してしまうのだろうか。不謹慎にも抱きしめたいとかじゃあ一緒に行きましょうかとか、脳を駆け巡った私に唐突に冷水が浴びせられる。
「……こどもみたいなこと、言わないでください」
(……由乃みたいなこと、言わないでくださいよ)
夏の雨は冷たい。蒸された私たちを必要以上に冷まし凍えさせる。
「そ」
もうすぐみんな来るわね。 無造作に席を立つお姉さまに私は呆気なく置いていかれてしまった。風雨にさらされる紙切れより軽く、吹き飛ばされて。 強まる雨足はそれでももうしばらくは私たちをふたりきりにして。
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あれから一年(祐巳×瞳子)
ねえねえ、その髪、雨だと大変じゃない?
そうでもありませんよ
そうなの? 私なんかひどいんだ、ぴょんぴょん跳ねちゃうの
性格が出るんじゃないですか
ええー。 それじゃ私が落ち着いてないみたいじゃない
自覚されてなかったんですか?
これでも紅薔薇さまになって、どっしりとかしっかりとかそれなりに言われるようにはなったんだけどなー
自覚してらっしゃるなら何よりです
……あれ?
何でしょう
何かおかしくない?
気のせいでは?
そっかなあ。 あ、瞳子、相合い傘してかない?
結構です
えー
傘、持ってますから。 そもそも女物の傘ではふたりとも濡れてしまいますわ
夢がなぁい
下級生が見ていらっしゃいますわよ、お姉さま
あ、じゃあ男物を持ってくれば一緒に入ってくれるってこと?
……くだらないこと、しないでください
えぇ? あ、ちょっと待ってよ瞳子!
それではまた薔薇の館で
瞳子ぉ!
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めぐる(聖×栞)
「――好きよ、雨」
あなたと一緒にいられるから、と微笑ったのは、きっとあの子の方。
栞がより近く感じられるから、が、私の側の台詞だった。セピアがかるなんてとんでもない、まだしっかりと、温室の匂いに湿気に吐息とも呼べそうな呼吸音すら感じられる、圧縮をし損ねた思い出だ。時折圧迫される、他のメモリーに比べ曇っているのは、舞台を包むのが土砂降りのにわか雨だったからに過ぎない。無理矢理に距離を狭めなくともくっついていられたしあわせな日。私より少し現実を見ていた栞の笑みに、ほろ苦さが混じっているのは、きっと今の私のフィルターのせいだ。不変を願うこと、それすらがしあわせの欠片になっていた遠い、苦い。
あれだけ止まないでほしいと願った雨は、あんなにあっさりと尽きてしまった。栞は去った。彼女と編んだ髪を私はそっと埋めた。わざわざ雨の降った翌日を選んで、泥だらけになりながら。思い出をたくさん染み込ませた細胞をたくさん土に還した。
いつか溶けてなくなる。雨に混ざる。そしてきっと栞に届く。呼吸も言葉も、遠い地でそっと寄り添ってくれればいい。今はまだ強がりが勝るけれど、そのうち心からそう思えるようになって、そしてわざわざ思うことすらなくせたら。青い展望は雲の消えた空にふさわしく、支えというよりはつっかい棒とでも呼びたくなる人物は隣でただ穏やかに微笑っている。
あの糖蜜の雨がまだ溶けきらないまま、この晴天の下でしあわせだと言い切ることは私にはとてもできないのに。 溶けるまで待つわよ、と、ぽかぽかと飽きることなく、笑っている。
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スキンシップ姉妹(祥子×祐巳)
ごきげんよう、お姉さま
あら、祐巳。ごきげんよう
きぐう、ですね
何か発音がおかしいわよ
えーと、国語の先生が、言葉を覚えるにはまず使ってみることだ、とおっしゃって
あなた、奇遇も覚えていなかったの
いえっ、意味は知ってましたよ! ただ日常じゃめったに使わないじゃないですか、それで、
それで?
……漢字の書き取りで間違えました
結構簡単な気がするけれど
偶然の偶、にしてしまったんです
…ああ
由乃さんったら人の解答用紙覗き込んで大笑いですよ! 酷いと思いませんか!?
それでしっかり学ぶ気になったら、良かったのではないの
あぅ……
私も祐巳の解答用紙なら見てみたいわね
ええっ
だって面白そうじゃない
…お姉さまぁ
というわけだから、見せなさい
か、勘弁してくださいっ
妹に拒否権があると思って?
横暴ですっ そもそもあのテストは昨日ですからもう家ですよ!
じゃあ祐巳のお宅に伺おうかしら
えーっ
ふふふ、あなたって本当面白いわね
*
じゃあ、薔薇の館に行きましょうか
……はい
行きたくないの?
…ちょっと疲れただけですよ
あらあら、祐巳らしくないわよ
誰のせいですか……
誰のせいなの?
……雨のせいですかね
そういえば、近頃よく降るわね
現在進行形で降り通しですよ…
しおれちゃって
だって濡れるじゃないですか
そうね
それに髪がすぐ跳ねて大変なんですよ
…ああ、それで可愛かったのね
は、はいぃ!?
可愛いって言ったの。 今も元気に跳ねていて、
……誉めてますか?
……さあ、誉めている、のかしら? でも私は今日の祐巳も好きよ?
っ
いつもと違うから良く見えるのかしらね。 ふふ、しっとりしてる
わ、わっ……
リボン、結び直してあげましょうか
えっ
こちら側、ほどけかかっていてよ?
お姉さまのせいじゃないですかっ
嫌だった?
ち、違います!
なら問題ないじゃない。おかしな子ね
うぅ
さ、行きましょうか
ふぇ?
あなた、ここで髪を直してもらうつもり?
あ、いえっ! 薔薇の館ですねお姉さま!!
令辺りに何か言われそうだから一階にしておいた方がいいかしらね
はいっ
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梅雨シーズンにいろんなCP・シチュエーションで、というコンセプトのはずが祐巳がらみのレイニーは洒落にならなかったためただの雨シリーズになりました。
聖蓉とか現白とかはCPごとの詰め合わせに。
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