スイーツ後日談2









聖+乃梨子



「帰ってください」


唐突に現れた上級生を無下に拒絶するのは一般的にも元リリアン生にしても誉められたものじゃないかもしれないが、それとこれとは別問題だ。


「質素なところだねえ」


大体今の私は他人を歓迎したい気分じゃないのだ。へらへらと笑うこの人を私は余り好いてないことを抜きにしたって無愛想になるのは止められやしない。
大学で独り暮らしを始めたのは自立したいからじゃなくて、勿論こんな失礼な先輩の相手をするためでもなくて。

そう、それは。


「もうすぐ志摩子さんが来るんですが」

半ばやけになって暴露。牽制という意味合いも勿論ある。

玄関先では足りないことなのか、ずかずかと上がり込んだこの先輩は不本意ながら彼女と浅からぬ繋がりがあるんだし。


「あ、じゃあちょうどいいや」

「……何がですか」


そろそろ近所迷惑だと思いトーンを落とすけれど。これで聖さまが志摩子さんに会いに来たとかのたまったら問答無用で叩き出す。


「はいこれ、ふたりでどうぞ」

「は……?」


玄関を開けた時から気づいていたはずなのに、百貨店のロゴのついた薄い黄色の紙袋を掲げられて、思わず口を開ける。
だってそれを手渡すだけなら、結局玄関先の会話だけで事足りたんじゃないか?


「ちょっと買いすぎちゃってねー、おすそ分けって奴」

「はあ……、どうも」


お世話になった人には迅速にお礼を。例えそれが押しつけめいた贈答だったとしても。

常識だから、と自分に言い聞かせるのは結構虚しい。予想以上に重い袋を覗くと保冷剤の向こうにタッパーが見えた。
……返しに行かなきゃいけない、んだろうなあ、これ。丁寧さから言って間違いなく聖さまが用意したものじゃ無さそうだけど。
返すときは絶対ふたりで行こう。こんな人の相手をひとりでするなんて御免だ。


「んじゃね、志摩子によろしく」

「え、会っていかなくて良いんですか?」


現実から逃避していた私が咄嗟に返したのは随分と馬鹿な言葉だ。無意識の発言が一番信憑性がある、なんてどこぞの理念が頭を掠めがっくりとくる。


「乃梨子ちゃんは、私を志摩子に会わせたいの?」


一瞬だけ真面目な顔を見せる、こういうところが腹が立つのだ。強引な癖に要所要所で気を遣ってくる、一歩離れたところから冷静に見てくる。まるでよくできたお姉さまのように。


「私のことはどうでも良いんです。志摩子さんは、聖さまに会えた方が嬉しいんじゃないかと思いますから」


嘘だ。聖さまの言伝てを伝えた時に、すごく幸せそうな顔をする志摩子さんを見るのが、嫌なだけだ。

聖さまに微笑んでる志摩子さんを見てる時なら、ちょっとくらい不機嫌な顔をしたって、志摩子さんを悲しませなくて済む。


「そう? 乃梨子ちゃんとふたりっきりの時間が増えた方が嬉しいんじゃない?」

「なっ……」


……卑怯、だと思う。慌てたのは一瞬、だと信じたいけれどその動揺にこの人は最大級に嫌な笑みを見せつけてくれる。おかげで冷静になれましたとも。


「悪いけど私だって志摩子よりは蓉子とふたりっきりを選ぶしねー」


へらりとした顔のまま、でもその瞳が優しい色を帯びる。……正直この人が恋する乙女になったって気持ち悪いというか迷惑なだけだ。ていうか他所でしろ。


「……やっぱり帰ってください」

「あ、別に志摩子を軽んじてるわけじゃないのよ?」

「わかってます、だから、そうじゃなくて!」


ノロケなら他に聞いてくれる人がいるでしょう! 祐巳さまとか志摩子さんとか! いや志摩子さんは渡さないけど!
心の中で握りしめた拳を振り上げる。出来るなら現実世界でも振り下ろしてしまいたいくらいだ。



ピンポーン



「「あ」」



……この、疫病神。







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白薔薇さん家



「……ごきげんよう、お姉さま」

久しぶりに見た妹はしっかり地に足がついていた。乃梨子ちゃんをちらりと見て、ちらりと微笑んで、それから私の方に向き直る。立派になったねえ、なんて言わなくてもわかってるだろう。


「ん、ごきげんよう」


おざなりに手を振る。あくまで後輩の家に押しかけた軽薄な先輩を装って。
まあ装うも何も今回は本当に他意があった訳じゃない。ちょっとした幸せのおすそわけ。あの蓉子が甘えるとこが見られるんだから食べ物をなめちゃいけない。
心配しないの、と目線で示したけど志摩子は意外にも固い表情。ん? と思わず首を傾げる。


「……乃梨子に、手出しされてませんよね?」

「あーしてないしてない」


まあ確かに可愛いけど、さ。真面目なくせに恋人の前ではその相好を崩すところとか。あとは……うーん、まっすぐな髪や瞳の色とか? 蓉子には負けるけど。
でも負けん気の強さが一番可愛い。江利子が由乃ちゃんをいじりまくってたのがよく分かる、つまりこれって純粋に孫に対する愛情なんだよねえ。


「大丈夫だよ志摩子さん」

「勿論乃梨子は疑ってないけれど、一応確認しておきたかったのよ」


ごめんなさいね、と再び天使の笑み。多分、一般的には。そう呼ばれるんだろう顔。愛情が入るとここまで魅力的になるのはちょっと羨ましい。

だからって訳でもないけどこちらの返答はあくまで軽く。肩を竦めるジェスチャーに乃梨子ちゃんがはっと反応。


「……志摩子さんにも、手、出してませんよね?」


低い声。そういえば公立校出身なんだっけ? 蓉子を思い出させる脅しに正直噴き出しそうになる。ああでも志摩子もそういえば編入組? だったらやっぱり偏見か。


「大丈夫大丈夫、てか本気で後輩に迫ってたら蓉子に殺されてるし?」


スキンシップにほっぺにちゅーくらいは容認されてるけどさ。それだって毎日全開で自分に迫られちゃ身が持たないからとかいう理由らしいしね? 私だって蓉子を寂しがらせるようなことは間違ってもしたくないし。今まで散々失敗してきたから、なおさら。

志摩子の苦笑いに、唇の端をあげて応える。恋人思いで、親友思い。本当によくできた妹だ。


「……ありがとう、ございました」


こういう律義なところがからかいたくなる原因だって、わかってはないんだろうなあ。


「あ、でも乃梨子ちゃんなら今からでも大歓迎よ?」


「なっ!」「えっ!?」


慌てて後ずさった乃梨子ちゃんより志摩子の硬直加減の方が大きくて、私は思いきり噴き出した。











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乃志



「もう、あの人は勝手過ぎる!」

「ふふ、なあに妬いてるの?」

「妬いてなんか!
 ……ないこともない、けど」


妬いてないわけがない。私らしくない苛立ちを引き起こすのはだいたいあの人だ。志摩子さんのせいじゃない志摩子さんは悪くないあの人が悪い。そう念じることで平静を保つのを許されてる時点で僅かなりともあの人に甘えてるという事実がますます私を落ち込ませるから最近ではあまり深く考えないことにしている。


「蓉子さまね」

「何が?」

「この丁寧さ」

「あー、やっぱり。
 てか聖さまって山百合会の仕事ちゃんとやれてたの?」

「やるときはやる方よ、あの方は」

「妹へのプレゼントは「やるとき」じゃないのかなぁ」

「妬いたり怒ったり、忙しいのね」

「だって!」


本当に勝手な人だ。どう客観的に見たってはた迷惑な諸業ばかりなのに、聖さまを良く知る人ほどそれを自由だとか奔放だとか称す。対極に位置するミーハーな御仁たちも似たような褒め方をしてた気もするけどまあそれはそれ。そもそも何で卒業生なのにむやみやたらと人気なのか、さらにはこっちにちょっかいかけてくるのかがわからない。
手綱を握ってる(とこれまた皆は口を揃えて言う)蓉子さまは真面目で立派で偉大な方らしいが、願わくばその紐をもっと短くしては貰えないものだろうか。確かに出来た人なのに惚れた弱みかなあ、よりによって何でまたあの人に引っかかったのかなあ。お土産の箱を指の腹でつつきながら、ご機嫌な志摩子さんと人ひとり分の距離を埋める。もう拗ねたままでいいや。私のつまらない感情、全部ばれちゃってるんだし。


「一緒に食べる口実をくださったのかしら」

「え?」

「お姉さまったら」


目の前に広がったその顔は、なんだかとっても「妹」の顔で。向ける感情が姉妹であることに安堵しながら、でもその絆の深さに嫉妬してしまうことはやっぱり止められなくて。結局ふてくされた私を見て志摩子さんはそれはもう嬉しそうに笑った。
……幸せだったけど、恥ずかしかった。








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3(聖蓉Ⅳ~Ⅵ)

















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