スイーツ後日談3









聖蓉Ⅳ



「負けました」

「……何の話よ」


肌一色の聖より恥ずかしそうな様子で、聖の上で身を横たえている蓉子は、かすかな吐息に言葉を乗せた。
勝敗に例えたら怒られるかと、思っていた聖は拗ねた風情に目を瞬かせた。幸い目を合わせようとしない蓉子がそれに気づくことはなく、追及を二度に渡って免れた聖はこの状況を楽しむ方向に、平たく言えば攻勢にシフトする。


「んー?
 だって気持ちかったとか、素直に言ったらよっこ照れるでしょ?」

「っ」


聖の目論み通り綺麗に赤くなった蓉子を、聖は満足げに見つめる。すぐにそれだけでは足りなくなって、闇に溶けた髪ごと輪郭を掬い上げる。甘い本音を携えて。むしろ駄々漏らしにしながら、目を細める。


「かわいいなぁ」

「もう……っ」

「今度は私が、とか言ったら怒る?」

「え、」

「今はことばより行動な気分なんだ」


じわじわと身体の細胞がもとあるかたちに落ち着く一方で、肘をついた蓉子に乗りかかられてますます高揚を強めた聖の感情は、余韻どうしが擦れ合ううちに蓉子に熱をもたらす道を選んだ。蓉子にとっては不意打ちの爪先は、痒いところをかかれる前に探される、かのように皮膚の瀬戸際を滑っていく。


「……ひゃ、」

「びんかん」

「るさぃ…っ」


今更肘を立て直し突っ張ろうとしたところでもう間に合わない。滑らかさが気持ち良くて、うっかり絡めてしまっていた太ももと膝頭、足の甲までもが緊張する。もがく蓉子を、正確に空中で捕らえる聖の腕。

「……おっと」

「ばか!
 いきなりそんな体勢、危ないでしょうが!!」

不本意にも弓なりになったお互い、身体の柔らかさで勝る聖が一歩早く立ち直る。落ちてもどうせ布団に縺れ込むだけ、それなのになんでこんなに必死なのか。聖は蓉子が照れ屋だからだと思っているし、蓉子は聖の単なるわがままだと信じて疑わない。


「よーこが抵抗しなきゃ大丈夫なんだけ」

「……そんなことより!
 身体痛くない!?」


微妙なすれ違いを訂正する機会など勿論顧みない、ふたりは座りこんだままで会話を交わす。ぺたりぺたりと蓉子の手が聖に触れる。


「え、なにが?」


立て続けに降って沸いた幸運を今度こそ持て余した聖は思わずその手を止めてしまう。
両手を塞がれた蓉子に残る手段の中で、選べるのはやっぱり言葉しかないのだ。実際はそれよりよほど雄弁に感情を伝えている表情に顔の色は、彼女自身には認識できない。


「だって床で、…その、」


直接的な言葉で言わせないで、と潤む蓉子の瞳に映ったのは今度こそぱちぱちと瞬きをしている聖。何か見当違いのことを言ったかと蓉子が不安になる前に、聖はゆるく笑ってみせた。


「…あ、そっち?
 平気。蓉子、優しかったから」

「……なら、良いけれど」


蓉子らしからぬもごもごとした語尾がとがらせた唇に、聖が指を寄せる。あ、と呟く間に顎が持ち上げられ、人差し指でのひと撫での感触が去る暇もなく湿った舌が蓉子に押し入っていた。








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聖蓉Ⅴ



「…蓉子は痛かったことあるの?」

「ん……?」


とろとろと空気が重い。浅い呼吸と怠さはもう馴染みの感覚で、聖の唇があちこちに押し当てられてくすぶる熱に最後の悪あがきをさせるのを、ぼんやりぼんやりと感じていた。慣れないことをしたせいもあって、どこの筋肉も気力を使わなければ動かせない。


「さっき、床だったから、とか言ってたでしょう」


囁きとともに耳の後ろに。身勝手な下心のない触れ合いは、私をあまりに素直にさらす。


「あぁ……
 ん、だいじょうぶよ、たいしたことはなかったの」


夢見心地はうつつのあわい。眠さに負けたくないのは、しあわせだから。眠ってしまったら、もう、おしまいだから。


「いつ?」

「え?」

「痛かったのは、いつの話?」


ふ、と噛まれた耳朶に、身体がひくついたのは痛かったからだ。私を浮かべていた靄が晴れる、聖はいつの間にか私の全身を回り終えている。


「…おぼえてないわ」

「うそ」


もう何周目になるのか、今夜だけでも数えられない私の脳は、真剣な聖をはぐらかしてあの微睡みに戻ろうとする。邪険にするつもりはないの。でも今はうまく言葉にできないの。頑張ればできるけどしたくないの。


「そうね、嘘よ。
 でも聖は優しいから、良いの」

「……わかんないよ」

「いいの。」


(あなたには、わからなくて。)












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聖蓉Ⅵ



「食べさせてくれないの?」

「……よく飽きないわね」


ついこの前も同じことを言われた気がする。そもそも週に一度は同様の発言を聞いている気がする。私の反応がいつも同一かはともかくとして。近頃押し負けかけていることを自覚した以上、どこかでストッパーをかけなければいけないのだ。聖のわがままに日々付き合っていたら絶対に駄目になるんだから。


「果物やお菓子に関しては自重しないことにしたの」


……自重しなさいよ。
桃にプリッツ、マスクメロン。拒絶した品々、と受け入れた一部が脳裏に浮かぶ。食材で遊んでるようで不謹慎だ、と怒ったのを聖はどうも変な方向に解釈したらしい。
詰まる間に敗北への距離はぐんぐんと縮んで行く。今大切なのは論理より何より勢いだ。


「とにかく、嫌」

「でもぶどうは、去年はやってくれた」

「デラウェアでやれるわけないでしょ、馬鹿」


そうじゃなきゃいいのか、と自分自身にも突っ込まれたが生憎私たちは巻き戻しやリセットができる世界には生きていないのだ。この前学友に借りてきたというテレビゲームに向かっていた聖の少し丸めた背中を思い出す。画面に向かう彼女の表情、だらしなく寝そべった姿、近づきすぎだと怒る私。内容もタイトルすら思い出せない自分の体たらくに頭痛がした。いやこんなことで頭を痛ませてる場合じゃないのよ私。


「じゃあまた巨峰買ってきたらやってくれる?」

「いやよ」


論理は要らない。理詰めで負かした後の聖のふてくされ方はそれこそ頭が痛い。人生に二回あったはずの反抗期をちゃんと昇華させてきたのかと言いたくなる。


「……あれは、暇だったの」

「嘘つき」


くつくつと断罪する、甘ったるさに首から上がじわりとほてる。顔を逸らす代わりに、立ち上がる私の手を取った聖の目元はどうしようもなく緩んでいた。嬉しいなあ、楽しみだなあ、擦り寄せられる態度に勝てないと知っている猫の仕草。いっそ同種になって引っ掻いてやろうかしら。


「そんなこと、」

「ついてるでしょ? しかも二重だしぃ」


無駄に上機嫌な聖がとすりと。彼女の感情がどうであろうと振り回されることに代わりはないのか、と諦めを認めはじめた自身に脱力感が圧し掛かる。現実の聖とともに。……というか重いわよ。近いってば、その抱きつき方、どうにかしなさい!

一番簡単な現状打破は私が折れることなのだ。くずりと減らされた私の意地を両手に抱える聖は、そんなことは勿論計算づくで。負け惜しみに頬を引っ張ると勝利宣言の蒼穹が不格好に潰れた。









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