ねことおねだり(由令)




「ねえ、猫になって?」

「はい?」


思いついたのは、こたつの上に乗ってるのがみかんとにぼしだったから。
ここ数日の私には鉄分が足りてない、らしい。あと甘いお菓子はただでさえ多い時期だからしばらく趣味では作らない、らしい。
別ににぼしが悪いわけじゃない。(嫌いじゃないし。)悪いのは今の状況。目の前の、白い悪魔。
令ちゃんが全然教えてくれないから、冬休みの宿題はちっとも進まない。


「にゃーっていうやつ。」

「え、ええ?」


頭の上に耳でもお尻にしっぽでも、頬にヒゲでもいいけど。
鳴き真似が一番楽だと思う。
淡々と並べ立ててあげたら、令ちゃんの眉はどんどん下がって、最後にがたんと肩まで落ちた。


「いや、えっと、」

「なによ、なさけない」

「そういう問題じゃ、」

「問題の話なんてしてないわよ」


因数分解と不等式、(さっぱりわかんない上問題の数ばっかり無駄に多い!)思い出しちゃったじゃない。
数学なんて最後に書かれるのは同じ答えに似たような式なんだから、令ちゃんがやったって全然問題無いと思う。
また問題。今日は2ページも進んでない。もううんざり。


「だって、
 …由乃の方が似合うよ。」


私が似合うかどうかじゃないの。そりゃあ私は似合うでしょうけど。
というか女の子なら皆似合う。だから令ちゃんも似合う。
可愛い男の子でも似合うだろうけどそれは横に置いておく。
なんでこんなところで真顔になってるのよ。何十回目の告白のつもり? それ、聞き飽きたから。
はい、りぴーとあふたみー?


「ほら、にゃー、って、」

「由乃、かわいい…!」

「………」



ぷう、と頬をふくらませて見せれば更にめろめろになった、なっさけない顔。
天板に身を乗り出して噛み付いてやる。にゃー。


「い…っ」


優しいキスなんて不機嫌なにゃんこには持ち合わせがありませんのです。にゃー。
……なんだか飽きてきた。令ちゃんのノリが悪いのが悪い。

睨みつけてあげれば慌てた表情。かっこわるいことに変わりはない。
まあ、かわいくない、わけじゃないけど。これでも。このふぬけでも、ね。


「れいちゃん、」

「な、なに由乃?」


こたつから出るのは億劫だけど、かわいい令ちゃんに免じて、私から動いてあげる。
私の声音が変わったのに瞬時に気づいたのは及第点。流石にいい加減覚えてもらわないと困る。
令ちゃんを引きずり出すのは面倒だったから後ろからのしかかって、もういっかい、耳元で猫の鳴き真似。
固まったまま、感動したり困惑を引きずったり、さすがのへたれ。
するっと手をセーターの中に差し入れたら悲鳴があがった。今のはもうちょっと可愛くできたでしょ。不合格。だからやり直し。
猫みたいに頬をすり寄せてあげるのはおねだりでサービス。令ちゃんの背中はあったかい。
そういえば今の令ちゃんの状況もネコっていうんだっけ。まあいっか。











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羊水のひかり(江志)




「行かないの?」

「そうですね。
 まだ、」


目も合わさずに、手招きのない呼び寄せ。素直に従う、どころか引かれるように近づいてしまう自分は、ただふわふわと浮わついている。
気持ちも、足取りも。しっかり、するのに疲弊したからこそのこの状況、なのかもしれない。
江利子さまは優しい。何も強制しないから手厳しい人たちの内にあって、殊更自由を謳歌しているようであるのに。この人といるといつの間にかこの人の枠内に捕らえられている。
立場と状況、性格に気分、たまたま興味をひいた話題。ふたりきりで無くともかわらないはずの条件が、ふたりきりになった途端躍動して私を、囲う。手に取るも無視するも私次第。
だけれどそれに背を向けることなど、ほとんどの場合、できはしないのだ。

捕らえて(捕らえられて)目を向ければ、満足に寂寥が滲む、横顔。
ついさっきまではじっと見詰められていた、あの熱心な視線は瞬く間に姿を消して、ひたりと立ち上る空虚。
知っていて応えるのだから、私の願望が叶えられないのは当然の因果だ。


「退屈ね」

「そうですか」


同意など差し上げはしない。
ふたりきり、なのだから。
目元がわずか柔らかくなり、笑みのかたちになりそうでならなかった口は拗ねたように尖る。そこまでをじっと見詰め、見届けて次の囲いをねだる。


「紅茶、如何ですか」

「任せるわ」


時間は余り無い。この平穏は数秒後にも、誰かの登場で壊れてしまうかもしれない。
だから安心できるのだと、口に出すのはさすがに強がりが過ぎて。
嘘ではない劇薬を、胸元に隠した心地でも、あって。
こちらを向かれた気配がする。だから振り返りはしないまま、殊更丁寧に。
いつもとは違うカップを引き寄せ、できる限りの静謐を装ってお湯を注ぐ。









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白花埋葬(江志)




そういえば、最近水やりに行かないのね

……はい?

委員会だって立派な活動なのだから。
無理に、生徒会を優先させることは無いのよ

…はい。

あら、本当に代わって貰ってたりしたの?

いえ。
この時期は、私たちの仕事としては、ありませんから

……ああ、温室は園芸部の領分だったかしら

はい。
外の花壇は、休眠中ですから。

休眠中……ふは、
面白いわね、それ。

恐れ入ります

拗ねないの。
冬に咲く花でも、なんなら花じゃなくても、植えれば良いのに

植えているところもありますよ。
職員室前などは、葉牡丹が綺麗です。

葉牡丹……ああ、あの、キャベツみたいな奴。

……まあ、そうですね。

あれ、たぶん小さい頃はみんな思ってるわよねぇ

ふふ、そうかもしれません。

まぁ本当に小さいとキャベツとレタスの区別もついてなかったりするんだけど

経験談ですか?

さあ、どうでしょう

それは、都合の良い解釈をしていい、と捉えても?

残念だけど、ご期待には添えない真実しか持ってないの。

それは残念です。

あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない

どういたしまして。

そうなると、あなたが花壇の手入れをしている姿は、もうあまり見られないのね

……家でならば日々行っておりますが。

今もしてる?

……確かにそちらも、今は花壇では無いですね。
どうしてそんなにこだわられるのですか?

別に、なんとなく。

……そうですか

まぁでも、貴女からの誘い文句が聞けたから良しとしましょうか

……え?

春になったら、ご実家にお邪魔させてもらうわ

……春じゃなくてもいいんですよ?

んー、大学受かるまではさすがに、ねぇ

…そう、ですね

とっておきのご褒美だもの。

……それでは、お待ちしています。

ありがと

がんばってくださいね

まあそれはぼちぼち、ね

……がんばってくださいよ?

…わかったわよ。
楽しみにしてるから、

はい、こちらこそ。











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