スイーツ
「蓉子ー」
「どうしたの? 買い物中でしょ?」
「うん、そうなんだけどさー」
歯切れがいいような悪いような、何かを迷ってる声。そんなに変なものを頼んだ覚えはないから、陳列してある場所が分からない、ってことはない、と思うのだけれど。何かなかったならレシピの変更を考えなきゃな、と計算を始める脳内を放っておいて聖に先を促す。
「桃とぶどう、どっちがいい?」
「……選んだら今日の食後になるのかしら?」
買い出しに頼んだ覚えはない。お菓子は500円までアルコールは禁止、と釘を刺して置いたけどあいにく果物に関しては何も言ってない。お菓子カテゴリーに分類するつもりなのか、あるいはお目こぼし願おうと電話してきたのか。聖の場合、自分の欲求を満たすためにはお金とか都合とか、そういったことを考えない節があるから怖い。
「うんタイムサービスやっててさー、ほら、早くしないと売り切れちゃう」
……まあ、事前に承諾を求めて来た訳だし、今回は。
「聖が好きな方で良いわよ?」
「やだ。蓉子が好きな方買ってきたいの」
……なんなんだこのお子様は。
頑張って直させようとしているのだけれど、相変わらず私よりずっと好き嫌いの激しい聖に合わせた方が、きっとお互いに良い雰囲気で食べられると思う。今回決定権は明確に聖にあるのだし。わざわざ私に合わせるなんて。
「おいしく食べれる方を買ってくればいいじゃない」
「蓉子がおいしく食べてるのが見たい」
「……じゃあ、私も答えないわ
聖がおいしく食べてるところが見たいから」
私は聖が選んでくれるってだけで幸せなの。好きの程度の差はともかく、果物に嫌いなものはないし。
「私が買ってくんだから私に選ぶ権利はあるはず!」
「だから聖が選べばいいでしょう? 早くしないとなくなっちゃうんじゃないの?」
タイムサービス、という奴は当然広告に載っているだろうし、本を買いにいくついでに頼めるようなスーパーの人混みは夕方ならそれなりにあるだろう。
電話代も時間も無限にはないのよ、なんて説得の材料をかき集めながら順番に聖をなだめていく。
「何さ、蓉子の馬鹿! 蓉子に喜んで欲しいって言ってるんじゃない!」
ああもう、言わなきゃわからないの?
「あなたが考えて選んでくれるならそれだけで充分よ」
「それだけじゃ嫌なんだってば!」
なんだか痛くなってきた頭に手をやって、机に肘をついてみる。こうなってしまった聖は、中々懐柔されてはくれない。
いわゆる、騙された振りをしてくれなくなるのだ。駄々っ子モード全開とも言う。
「……聖のわがまま」
「蓉子の意地っ張り」
どっちもどっちだってわかってるけど、なんとなく、本当に意地になってしまった。
それに私だって、聖の未だ知らない嗜好に興味はたっぷりあるのだ。
「聖はどっちが好きなの?」
「……蓉子が好きな方」
「じゃあ私も、聖が好きな方が好き」
「……! もういいっ!」
がちゃん。
……言い過ぎた?
これくらいで別れるとかは無いだろうけど、ちょっと心配になる。帰ってきた時聖が不機嫌だったらどうしよう、とか。せっかく明日は日曜日なのに、今晩まで引きずられたら、その、嫌だな、とか。電話を取ってから触れてなかったレジュメなんかもう見る気も失せて、心無し玄関に近い、ソファに移動。
ひとことふたことしか書かれていない、携帯電話のメールを辿る。恥ずかしいくらいの過去が、じわじわと私の胸に埋まっていく。大丈夫、私は聖を愛してる。だから、きっと、これからもうまくやれる。
かちゃ、と待ちわびた音がしたのはボックスをひととおり見終わった更にずっと後だった。
「……それで結局?」
「両方買ってきたー」
にこにこと買い物バッグを開いてみせる。
あれはなかったこと、にされたのだろうか、拍子抜けが呼んだのは安堵、でも宙に浮きっぱなしのもやもやが簡単に笑顔を返すことを躊躇わせる。
「……こんなに食べきれないわよ」
「いいの、蓉子の反応見るんだから」
「は?」
からかってやりこめる方に路線変更?
乗るのは癪だけど、仲直りはしたい。元々つまらない言い合いだったんだし。聖が私のことを思って電話してきてくれたのだって、わかっているつもり、だから。
「どっちの方がおいしそうに食べるかーってね」
……ああ、そういうこと。
聖があっさり引き下がるなんて珍しいと思ってたけど、こういう強引な手段はすごくらしくて。
私もいつもなら素直に折れてなんてあげない。だけどこれで聖の好みもひとつ分かりそうだし、私に視線が向けられているのはやっぱり嬉しいから、負けは一応認めてあげる。負け惜しみのひとつくらいで。
「……それ、事前に言ったら意味ないってわかってる?」
わかって……るんでしょうね、この嫌な笑い方を見ると。
ああ、余分に好いてる方が損するんだわ、こういうのって。だって愛情の量なら誰にも、勿論聖にだって負けない自信があるもの。
「残りはどうするつもり?」
「食べれる食べれる、私どっちも好きだから」
にかっと笑われるけど、気障っぽさがなくて、嫌な気はしない。ということはあれはいつもわざとやってる訳か。
「どっちも?」
「どっちも」
……あ、このごまかし方は。
「……選べないくらい?」
「あー、ばれたか」
照れくさそうな聖。いとおしくて思わず抱きしめる。顔同士が触れ合うなんて普段はない、聖の髪のくすぐったさまでが彼女の優しさを伝えてくるようで。
「……わがまま言って、ごめんなさい」
「んー、まあ、お互いさまだし?
あ、結局どっちが好きだったの?」
「……内緒」
幸せそうに、いや、間違いなく幸せに食べる私を見ていて欲しいからなんて絶対、言ってあげない。
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