加速度
「江利子さまでも眠るんですね」
「……どういう意味よ」
目覚めれば愛しの恋人がいる、なんてなんて素敵なシチュエーション? 令の好きそうなベタ甘な空気、私もらしくなくそれなりに満足してしまったところで、これだ。ずどんと落とした本人が変わらずふわふわしているのがなんとも憎らしい。可愛いけど。
ふに、と頬をつねるとぱちぱちと瞬き。軽く首を傾げまでしたからそのまま引っ張ってやる。ようやく痛そうに非難の目つき。このギャップが堪らない。
「蓉子の方が超人っぽいわよ?」
下級生には良いところしか見せてないだろう友人を引き合いに出す。ふたりきりなのに他人の話に持っていくのは勿論軽い仕返しだ。軽すぎると気づいてくれない。さじ加減にはいい加減慣れた。
「お姉さまの前では寝てらっしゃるんじゃないですか?」
何も知らないふりをして意趣返し。少し口元が笑っている。普通なら分からないかもしれない、でも今志摩子に一番近いのは私だから。メンタルなんて曖昧にではなく、物理的に、すぐにでも触れられる距離。
「でも江利子さまは、」
恋人の前で寝たりしないような気がして。
ずけずけと言ってくれるけれど、こんなところが好きなんだからどうしようもない。ストレートだって変化球、というか私にまっすぐ飛んで来るんだからきっと相当よく曲がっている。それより志摩子がさらりと恋人って表現したのが嬉しくて、ますますいじめたくなってくる。愛情表現って千差万別よね。甘やかしたり駄々をこねたり、極端な奴しか周りにいないのがあれだけど。
「だって志摩子とずっと恋人な訳じゃないでしょう?」
言いすぎたかしら?
今度こそ呆気に取られた顔をした志摩子は、それから悔しそうに唇を噛んだ。お互いさまだと思うけど、と揶揄をため息にかえて近寄る。突然頬を掴まれて、引き寄せられて、
嗚呼。
「ずるいですよ、江利子さま」
口に出したことを責める発音。だから塞いだの? 近すぎてぼやけている目を見つめてその深さが答え。溶けるくらい至近距離の蜂蜜色。
「つねられるかと思ったわ」
志摩子が強引にべろちゅーなんて、中々面白いと思いながら指をはがす。そのまま恋人繋ぎをしてあげれば固まる、普通こっちの反応よねえ。私の息の方があがってるのがちょっと口惜しいからリベンジは、軽く。呼吸を狂わせるだけなら深さなんて要らない。
「そして、素直じゃないですね」
「何を今更」
くすくすとくすぐったそうな笑み。好きよ? 私もです。軽いようで真面目な言葉。姉妹の糸も親友の絆もない、愛してでもなかったら本当に有り得ない仲だ。どこがいいだなんて言ってあげない、ただ志摩子の全てが見たい。不躾にもなるけど、それで嫌いになるとも思えない。そうね、まず、取り敢えずは。
「志摩子の寝顔も見せてもらおうかしら」
泊まりのデートなんてしたことないし、初めてでしょう?
絡んだままの手をぐっと押せばあっさり倒れる華奢な身体。爪を立てるように強く握り返してきた志摩子に胸が高鳴る。もう一度私から口づけた。言葉を奪うためじゃなく、貰うために。
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