立ち籠める夜










「江、利子?」

「ん?」

「えりこ、よね…?」

「……来なさい、蓉子」


カーテンで容易に遮れてしまう程度の光しかない夜。真っ暗な部屋、隔絶された、私。ほの白く見える気がする隣の存在はけれど気配ばかりが濃厚だ。意識した途端広がってくるそれに、身を投げ出してしまいたくなる。

来い、と言われたのだから、と。言い訳をひとつ心に落として近づいていく。すり寄っているのかもしれない、緩慢な道のり。



「……ん」


ぼす、と柔らかな。肌色が目前で、さすがに視える麓に舌を合わせる。何の意図はない、例えるなら夢の終わりを確認する行為。青かったり赤かったりした渦に落とされて、浮遊感のままに覚めた世界。軽くはたかれてそれから撫でられる髪。少し汗でべたついてしまった、ほぐすように、指が通り。


沈黙は長い。ゆるゆると続く安定を得て、呼吸の周期を頬で感じる。明日の朝にはおぼろだろうこの隙間を忘れたくなくて、だけど彼女に抱かれたまま眠ってしまいたくて。どうしようもないから、少し伸び上がって。



「こら」


歯を立てたのは、キスの痕は既にあったから。重なるようで重ならない位置は肉づきが特に薄い。脇に差し込まれた腕が私を持ち上げて、やっと、江利子の表情が、くっきりとする。


澄んだ湖を覗き込む、魔に捕らわれるならそれも良い。手の置き場を見つけられないままの口づけは、奥底に辿り着く前に私の視力を奪った。まなじりから口の端からぽたり、江利子の上へと落ちていく。見えない代わり、私の中でうねる波紋。力が抜けてもう一度引き上げられるのを待つ、強いはずだった自分。


戻ってきた綿の質感より江利子の温もりが欲しくて、結局肩口の辺りで落ち着いていた両の手に力を込める。低い笑い声が鼓膜を揺らし同時に震えるのは躰。足指の先までぴりぴりと神経がぶれる、快感と紛う痺れ。そのうち本当に広がる浅ましい欲望は昇華されるために溜まって行く。



「素直ね」

「…すきよ、えり、こ」

「無理しなくて良いわよ?」

「へ、き……」


そう、大丈夫。あなたがここにいてくれる限り。瞬間瞬間を握りしめて、こんな狭間の夜更けにまで貪欲な私を喜んでくれる幸せ。枯れた声と甘すぎる悲鳴の混ざる唇、止まらない涙を乗せた舌が入り込んで濡れた音を立てる。枷を外しながら嵌められていく、江利子が私を塗り替えていく。いつだって彼女が一番大切なのに、そうは見せられない弱ささえ笑顔で晒す。燃えるような恥ずかしさ。快感に繋がるものだけを拾われる、透明な手つきで重ねられる原色。



「あ、はっ…」


いつの間にか五感全てが江利子のための器官に変じている。やっぱりほのかに光って見える肌に、きっと紅いだろう部分で触れる。すぐに離れてしまうのは背骨のせい。忠実に愚鈍に快楽を逃がそうとする、受け入れようとする、私そのままの反応。たしなめるようになぞられた肩甲骨のうごめきが、今出来得る精一杯の抵抗。離れていく気配を追いかける。身を捩るのと何も変わらない、止められない、理性がついていかない。



「可愛いわよ」


本当に?


本音と煽りの区別もつかない、もやに覆われた肢体を必死で伸ばす。朝が来てしまう前に、或いは覆い尽くされてしまう前に、江利子に、私を見ていて欲しい。終わりを望みながら望まない、果てたいけれど江利子にずっと捕らわれていたい、欲望どうしがせめぎあって、他の感覚を増幅させる。ねえ、もう。



「……おねが、い、えりこ」


優しさばかりが降らされて、愛情が見えないのが堪らなく嫌で、いっそ痛めつけてくれたら、と願ってしまうのが最後の思考。陽が昇ってなお覚えていられるのは一体どこだろう。



「ぁ…あ、……っ!!」


分からないのが安堵を生んだ。最後に塞がれた口は、江利子の名前を呼べないまま彼女の息を吸い込んだ。きっとこのまま途切れる意識、江利子だけを知覚している幸福。



今だけでいいから、この感覚を覚えていたい。覚えていることを、どうか、許して欲しい。


































落ちてない。
続きがない訳でもないんですが……うーん。












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