息が止まるくらいでいい (多少SM?的描写有注意)









…………


…………


……よ、こ?


……なにかしら?


え、……あ、その……さ、
……身体、大丈夫?


今更……ね


……っ


……なんて、ね。聖?


は、はい!?


…取り敢えずシャワー、浴びたいわ


あ、うん! …って、歩けそう……?


……歩けたらとっくに自分で行ってるわよ


え、じゃ、じゃあ運んだ方が良い?


そう……ね
たまには、甘えさせてくれる?


……いつも甘えてくれれば良いのに


いつもはいいのよ。その代わり誰かさんがたっぷり甘えてくれるから


その…代わ、り?


そ。その代わり


……甘えない方が良い?


まさか。嬉しいわよ? っと、……んっ!


……えへへ


……もう


ん、そっちの手で、ここつかまってて。
よいしょ……っと!


ちょ、聖、いきなり……っぅ!


! ……あ……


……聖?


……痕、残っちゃったね


……そうね。
でも、聖がつけてくれたものでしょう?


キスのじゃなくて……さ。
紐が擦れて、血も出ちゃってるし……


それも聖がやったから……でしょう?


そう……だけど、だから!


だからいいのよ。あなたのだから……ね?


で、でもさ、強引だったし……


分かってるなら次回の反省にしなさい?


……お湯、ぬるめにしとく?


それくらいできるわよ。ここまでありがとう、聖


えー、甘えてくれるって言ったー


ふふっ、もう復活?


うん、今からはもっと蓉子に優しくすることに決めたのだ


あら、じゃ、私がシャワー浴びてる間にシーツ替えてきてくれる?


……蓉子もいつもの蓉子に戻っちゃった?


もう充分甘やかしてもらったもの


……運んだだけじゃない


嬉しかったわよ?


お姫さま抱っこが?


……勝手に言ってなさい


赤くなっちゃってー、可愛いなあ、もう


……湯気のせいよ


はいはい、そうですねー


シーツ、よろしくね?


…はーい















   *

















「……っ」



小さく、唇を噛む。流れる水の音がある程度隠してくれるとはいえ、風呂場は多分一番よく声が反響する場所だ。湯気もろくに立たないぬるいお湯なのに、ぴりぴりと沁みる全身に、ずきりと疼く手首。うっ血、と呼んでいいものか、蛇がのたうったような模様に目をやって、ひとつ息をしてからシャワーを当てる。意地でも声は漏らさない。私を求めてくれた証が、嬉しくない訳じゃ、ないのだから。
小刻みに震える右手に持ち変えて、反対にも。乾いていく方がひりひりとしだして、だから中々ヘッドを退けられない。背中が寒くなってきた。もう一度覚悟を決めて、腕を動かそうとして。



「ひゃっ!?」



冷気と言ってもいいくらいの空気が私を襲う。

自然にお湯から離れてしまった左手が、さっきと同じような痛みを伝えてくる。私の身体に当たることなく排水口に吸い込まれていく流れ。そんなことを気にする間もなく、私にかけられる声。



「よーこー」



ぼすっ、と、同時に何かが降ってきた。



「ちょ、ちょっと、聖?」


「んー?」



きゅ、と小気味良い音がして、水音も止む。途端に訪れる静寂の中、聖はひたすらに楽しそう。先刻までの昏い笑いじゃなくて、もっと無邪気で、それだから怖いような。開け放たれた脱衣場から容赦無く入り込む冷たさが、私に周囲をただよう匂いの正体を思い出させた。



「や、いや!!」



逃げようとしたところをぎゅっと抱き止められる。かぶりを振っても、拘束はやまない。強引さはないのに、離してくれる優しさはない。嘘つき、と理不尽に怒りたくなる衝動がわいて、傷をこすられる痛みを吹き飛ばした。身を捩る。ほんの少し前までしがみついていた皺まで見えそうに巻かれたシーツから、逃れようと。



「何がいやなの? 蓉子が嫌がるようなこと、してないでしょう?」



分かっているのかいないのか。聖はいたわるように私を拭いていく。でもそれじゃ、洗い流した、意味がないのに。

胸元をぬぐう拳の感触が、薄い布地の向こうから伝わってくる。けしてそんなことはないのに、先程までの名残をこすりつけられている錯覚。

幸せな気持ち以外は忘れてしまいたいってこと、あるでしょう?



「せ、それは……だ、め」


「どうして?」



疑問は本当に不思議そうに口に出されたから、顔に一気に血が昇った。シャワーを浴びてた時よりも、ずっと、熱い。

聖も裸になっている、と、向き合うように抱えあげられて、気がついた。私に覆い被さっていたときは下着を着けていたから、今日初めての接触。ああ、でもこの白い布が邪魔。私に応えるように、びーっと裂ける音。

……裂け、る?



「え、何やってるのよ!?」



目の前で寝具を破き出した彼女に思わず大声。眉を潜めるだけでやり過ごした聖は、今度は私の手首にそれを巻こうとする。その白さと相まって、それはまるで、



「うん、包帯の、代わり」


「……包帯なら、救急箱に、」


「でもあれだけじゃ両手分には足りないでしょ?」



それにこの血、落ちそうにないんだよね。

思わず点々とにじむ赤黒い汚れに目を向ける。私の水滴を拭いたせいで、いくらか薄まっているようにも見えるものの、結構目立つそれ。確かに、落とすのはかなり大変そう、だけれど。



「……っあ!」



そんなものに気を取られていたからか。突然の鋭い痛みに声を押さえることが、叶わなかった。音を立てて沁みていきそうな気さえする消毒液。いつの間に手に持っていたのか、ぐるりと一周吹きつけられる。まだ大分長い包帯の端を無視して、逆の手首にも。



「……痛い?」



顔を歪めてしまっていた私と目があった聖は、私よりよほど痛そうな表情をしていた。大丈夫よ、心から告げたことばは、掠れながらもタイル張りの室内に響いた。ほ、と息を吐いて、泣いているのか笑っているのか、安心と後悔とを器用に表現する彼女。緩めに巻かれた即席の包帯は、少し湿っていたけれど、確かに私を楽にしてくれた。その両手で聖の頭を抱いて、感謝のキス。


だいたい、鈍痛すら聖が与えるなら幸せになってしまう私が、だから本気では拒絶できない私の方が、ずっと問題なのだ。

そんなこと絶対にあなたには言わないし、気づかせもしないけれど。




舌を掬う。私は平気だからもう苦しまないで、という想いを、沢山、こめて。








































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