私を構成する一つ
私は優しいあなたが好きよ?
にこにこと私を見つめる蓉子は、いつだってさらりと爆弾を投下する。本人に、目の前でっていうのは惚けに該当するんだろうか、これを第三者に話すのが惚けだったか。 手づからくわえさせた洋菓子のラム酒で、酔っ払うはずもないのにこの可愛らしさ。 耐えられなくて、すぐ拗ねた風を装う私は多分かっこ悪い。
……ほとんど嫌いってことじゃない、それ
どうしてそんなに卑屈になるの
呆れた顔をする蓉子。私よりずっとずっと優しい彼女は、私が優しくする回数よりずっとたくさんこんな表情を浮かべてきた。私が浮かべさせてきた。 くしゃりと潰した菓子箱の、甘ったるい匂いが漂うようで私は些か気分が悪くなった。
……よーこのばか
それは、甘えたいという合図。
はいはい
向かい側から、隣に移動して腰を下ろす蓉子の腕が、するりと私にまわされた。上に重ねる。包むなんてできない、ただただ求める不器用な手。
聖が優しいっていうのは、私にじゃなくて、
すぐ側で聞こえる穏やかな声に、びくりとする。恋人から、あの蓉子からそんな風に告げられる、内容に私は俯いた。自分を守るように指に力をこめると、微かに首を傾げられる気配がして。
……ああ、
ごめんなさい、と続けられた。
私は充分聖に優しさをもらってるわよ?
勘違いさせてしまってごめんなさいね、とやっぱり私よりずっと優しいトーン。頭を撫でられている心地、私の胴を覆っている暖かさがじんわりとその範囲を広げついに全身に辿り着いた、感覚につい息を漏らす。
ただ、私以外の世界に対する聖の優しさが、
嬉しいのよ、と柔らかな笑みを添えて。 身体を傾けると蓉子はまっすぐにその顔を見せる。確かに感じていた腕はいつものように、私を束縛することなく、されど私を繋ぎ止めていて。絡んだままなのに私の動きを咎めない。どこまでも彼女の掌の上、気持ちが良すぎて際限無く甘えてしまう。
……私、は、
だからこうやって、また目を逸らすために顔を背ける。止めない彼女の存在が、ゆったりと私の五感を撫であげる。
蓉子の皆に優しいとこが、少し嫌い
嫉妬してしまうから、なんて言う必要もないほど自明。これ以上ないってくらい心を傾けてくれているって知ってて、私をいつも一番に見てくれてるって分かってて、なお起こる独占の願いは少し苦い。冷めた珈琲の澱の不味さ、不快な色と同じ。
そう
寂しさを見せない蓉子は、完全に甘やかしモードに入っているのだろう。おずおずと見返せばこちらに向けられたままの瞳。降り注ぐ愛情の量すら、気遣って加減してくれる、強い彼女に映る私は物欲しそうにこちらを見ていて。蓉子は愛おしそうにこちらを見ていて。
……でも、誇らしいよ
見ていられなくて肩口に顔を埋めた。頬が熱いのは恥ずかしいから。おちゃらけた仮面無しに告げる本音は自分の鼓膜にまで反響する。 蓉子の指が首筋を沿い、耳の後ろを伝って上がって行く。ぞわりとする震えは、頭を抱えこまれたことで止まって、そうして私は蓉子に抱きしめられた。ちょっときつい態勢のはずなのに、両の腕は少しも緩むことがなく。息苦しさを感じさせる訳もなく。
ありがとう、聖
触れる距離から注ぎこまれたことばは、溢れんばかりの喜びを湛えていた。その喜びを与えられたのが私であることが嬉しくて、けれど気恥ずかしくて、暫く蓉子の香りを吸い込んだ後。途方もなく優しい腕の中で私は顔をあげる。
蓉子
超至近距離、まばたきをする睫毛の音まで聞きとれそうで。蓉子の穏やかな心音が感じ取れそうで。血が通い溶けた肌に手を這わせ、定期的な甘い呼吸の源に近づいて。
私に出来得る限りの優しさをもって、そっと蓉子に口づけた。
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