下手な嘘を繰り返そう。





―――あなたが怒ってくれるまで。








その不必要性








「聖?」



例えばテレビをぼーっと見る。喧しく笑う女の子が馬鹿な質問に馬鹿な答えをしていて、音量を少し下げるとブザー音と煙が耳の端の方に届く。反対の端には衣を揚げる音。今日の蓉子のエプロンは紺だったから、なんとなくはわかってたけど。少し機嫌が悪いと蓉子はよく揚げ物を作る。そしてそんな蓉子に、私は素直に謝ることができない。



「聖!」



破裂音のような声。予想外にかなり耳元でしたから、下手なクイズ番組の中にも逃げ込めなくて、渋々振り返る私はきっと格好悪い。そんな私を認めるのが嫌で、ますます不機嫌な表情になってしまう自分。わかってる。でも、だから?



ため息と共に置かれるお皿。白に映えるキャベツの黄緑。部屋着から覗く蓉子の右手。

正面に座った彼女は真っ直ぐこちらを向いている。凛とした、って蓉子さまのためにあるような言葉ですよね。昔ファンクラブだかなんだかの少女の呟きを、鼻で笑った私は確かに一瞬蓉子にみとれた。まさに一瞬だったけれど。現実の怖さを知っているという、誰よりも近くにいられる喜びと弊害。


私からぴたりと離れない眼光もいいけれど、それよりも引き結ばれた口元が好き。ああキスしたいな、その真っ直ぐさに横から向かって、こじ開けて私の中にまで迎え入れたい。
実際そんなことしたら、誤魔化し方が最低、と告げられる。真っ直ぐなまま、この上なく冷たい目で。



好きなのに、好きだから。私は蓉子に対してひねくれてしまう。甘えれば甘えただけ、受け止めてくれる、彼女。その笑顔に溺れて、ずぶずぶと埋もれてしまう寸前に、冷たく響く声。



「一体どうしたの?」



嗚呼、私は蓉子、を。



「何でもないよ」



笑ってみる。きっと無様だけれど。リモコンを引き寄せてテレビのスイッチを切ると、蓉子の息遣いまで聞こえてきそう。



「嘘」



どうしてそんなこと言えるのよ、と言わんばかりの視線。きっと彼女は私が蓉子を怒らせるって知ってて怒らせてるのに気づいてるんだろう。でも何も言わない。耐えてしまう、彼女。
ねえ、今日の夕飯を揚げ物にしたのはどうして?



言い訳でごまかす気も失せた私は、黒い箸でトマトをつまもうとする。それをそっと押しとどめようと、添えられる、細い指。


裁きを待つかのように、目を閉じる。



きっと優しいあたたかさが降ってくるのだろう現実。泣きたいほど悲しい。
彼女のもともとの性格は、きっともっと激しくて。自分にも他人にも厳しくて。残酷な程正しい目線が影をなくす。ほら隠れるところはもうないよ、だから諦めて出ておいで? 魔女のかどわかしにも似た誘惑。焼かれる闇、悲鳴をあげる私の昏いところ。



それが嫌な訳じゃないのだ。見過ごせない蓉子は、私をもっと糾弾してくれて、構わないのだ。
だけど彼女の闇がそれを阻む。

分かっている、私の力じゃどうにもできないことくらい。ぶつりと切れたテレビのように余分な世界を削ぎ落として、リモコンを引き寄せるのと同じくらいさり気なく蓉子を抱けたら。こんな葛藤を知ることもなかったのだろうか。



そっと押し当てられる指の腹の柔らかさを感じながら、強く。壊すように突き落とす私の腕、フローリングに響く鈍い音、悲鳴をこらえる蓉子の喉が、小さく鳴ってそしてまた静かになる。



うるさい、しつこいよ、もう私に構わないでよ。


見え見えの嘘で彼女を傷つけて、苦しめて、また私への耐性をつけさせて。



ふわりと漂った揚げたての衣の匂い、吸い込んで、かき消すように。彼女の肌に歯を立てた。














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