白い花瓶








家に帰っていきなり見知らぬ花瓶が(しかも、何も挿されずに)机の上でやたらと存在感を放っていたら、大抵の人は吃驚するものではないだろうか?


「聖?」

「あ、おかえり、蓉子」


挨拶はちゃんとしろと口うるさく言うのはいつも自分。呆気に取られ、怠った私を聖は一瞬揶揄を含めた目つきで見る。ああしまったと自分でも思ったのがばれたな、と、決まり悪さを飲み込んで、コートを脱ぎハンガーにかける。春の薄地、さらりと触り聖の意地の悪さを思う。何も言われない方がバツが悪いって、知っているはずなのに。


「これは?」

「志摩子がくれた」

「…はあ?」


卒業祝いだってさー、と、笑う聖。優しい色が見える。志摩子への愛しさが透けていて、彼女が妹を思っていることにはむしろ安心して、そっと隣に寄り添う。もたれて体重をかけると聖に負担がかかるから、ほんの少しの空気だけをふたりの間に許して。


「これなら、かぶらないかなって」


あの子もよくわからないよねぇ、だって花瓶だよ? と可笑しそうに。すっきりとした形、だけど結構たくさん挿せそうな口のサイズ、汚れにくい素材。流石だな、と中を覗きこむ私に聖が噴き出した。


「なに、姑チェック?」

「人聞き悪いわね、」


というか何よ、姑って。
手に持ったこれでがこりと殴ることは流石に自重して、塞がった両手の代わりに足で踏みつける。ぐりぐりとすると悲鳴があがった。卒業祝の初仕事が祝った片割れへの鉄拳制裁なんて志摩子に申し訳なさすぎる。感謝しなさい、と呻く恋人をじろりと睨む。


「……っとに、冗談通じないなぁ」

「どの辺がどう冗談なのかちょっと説明してくれる?」


こつり、と机の上に花瓶を戻した私に聖が後ずさる。人をやたらと暴力的に見ないでくれるかしら? そもそも自業自得じゃない。
はあ、とこれ見よがしに大きなため息をついてやるとすぐさま近づいてくっついてくる聖。全く、調子が良いんだから。可愛いな、なんて不覚にも思ったことを誤魔化そうともうひとつため息。こちらを窺う聖が心配そうな顔になるのを横目で見る。


「…怒った?」

「反省した?」

「うん、した」


口ばっかり。わかってるけど、さっきのもただの軽口だったのもわかってる。本当は恋人らしくない関係に例えられた方に腹が立った自分には気づかれなかったならまあいいか、と空気を和らげるとあからさまにほっとした顔。


「いつ貰ったの?」

「んーと、午前中。昼前かな。乃梨子ちゃんも一緒だった」

「乃梨子ちゃん?」

「うん。乃梨子ちゃんからはメイプルパーラーのお菓子詰め合わせでしたー」


無くなるものにしたあたり、可愛い独占欲だよねえ。
けらけらと笑う聖、もうすっかり私の傍でくつろいで。相変わらずの甘え全開で、私に寄り添ってきて、しっかりもたれかかってくれて。


「良かったわね。お礼、言った?」

「うわ、こども扱い!?」


私、いくつよ。
ぶつぶつ文句を言う聖が感謝を伝えなかったなんて勿論思ってない。それこそ姉妹なのだから言わなくたって伝わるに違いないしちゃんと口にも出しただろう。
つまりこれはただの仕返しだ。誰が嫁で誰が姑だか知らないが、聖にはこれくらいがちょうどいい。
むくれた聖にくすくすと笑いながら私はもう一度志摩子の贈り物を眺める。白い花瓶。彼女たちの色。


「明日、花を買いにいきましょうか」

「えー、別にいいって」


恥ずかしがる彼女の絆を、仕舞いこみたくなんてないから。













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3周年ありがとうございました。いつも暖かく応援してくださる皆様に感謝。











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