ももいろの地図





ねえ、今度瞳子の家行っていい?

パンフレットの折り込みとホチキス止めという単純作業を終えて一息いれようか、という休憩中。皆の前でいともあっさりとお姉さまにそう告げられて私は紅茶を噴き出した。


は、え、お姉さま!?

山と積まれたパンフレットにかからなくて本当に良かった、という顔と面白そうなことが始まった、という表情とに二分される皆の反応を一時に視界にいれながら慌ててお姉さまの方を向く。


前々から思ってたんだけど

迎えるのは勿論どちらの反応でも無く、じっ、と真剣な瞳。ティーカップに触れたままの左手の先がすう、と動くのを私はただ見ていた。頬が馬鹿みたいに熱い。


……はい、

喉がごくりと鳴ったのは、私だけじゃないはずだ。


瞳子の髪、しばってみたいなって

は?

……ぽかん、と口を開けたのもきっと私だけじゃないはず。


だって瞳子っていつも縦ロールじゃない?

学園祭のときも3年生を送る会のもすっごく可愛かったからさ、ゆるく三つ編みとかしても絶対似合うと思うんだよね。おっきくまとめて結い上げちゃうのもいいなあ、なんてそれは真剣なままの顔でいうことですか。


ちょ、ちょっと待ってください

放っておくと延々と豊かな妄想が繰り広げられそうな現状に慌てて待ったをかける。お姉さまの脳内の私はいったい何をどこまでされているのか、気にならない訳もないけれどこんなところで聞いて皆にさらされたら当分立ち直れない気がする。
ろくに触られたこともないはずの髪の質感がやけにリアリティ溢れて描写されたところでようやく止まったお姉さまの口から、次は何が出てくるかと身構える空気。黄薔薇さま方はともかく乃梨子ににやにやされると無性に腹が立つのはいったい何故だろう。


あ、学校でいじらせてくれる?

それなら明日にでもできるし、名案かも、とぴんと指を立てたお姉さまに由乃さまがたまらず噴き出した。不思議そうな顔をするお姉さまには他意がないんだからもう本当にどうしようもない。


ね、どっちが良い?

……私の家に来ること自体はどうでもいいというか大した関心がおありな訳ではないんですね何やら私の髪を結ぶ手つきでもなさっているんでしょう変な動きが紅茶を倒しそうで危ないからやめてくださいなによりそもそも皆の前で聞くから素直に答えられないんです!
ぐるぐる回る思考が顔に出てないことを切に祈る。演劇の時よりよっぽど切実なコントロールだ。


ど、

紅薔薇さまの貫禄に愛嬌が加わるなんて反則だ。逃げられないことを分かった上で気持ち後ずさる。


……どちらも嫌です!

ば、と背を向けてふかふかの扉にダッシュ。乃梨子があちゃーと頭に手をやるのがちらりと見え、だったら手伝ってくださればよかったじゃないですか、と八つ当たりをする。階段を駆け下り、倉庫代わりの部屋の前の壁に背中をつけ、ずりずりとそのまま座りこむ。


乃梨子が来たら絶対に直に八つ当たりだ。お姉さまが来たら照れ隠しの小言をぶつけてそれから家に来てください、と言おう。きっとその方が落ち着いていられるから。ふたりっきりなら大抵のリクエストにお答えできると思う、から。


とんとん、と聞き慣れた足音が近づいて私の前でとまるまで、私はちょっと埃っぽい薔薇の館の一階で膝を抱えていた。不機嫌そうな表情を頑張ってつくりながら。


















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