From一口話30「-蓉子と。」





――このまま繋がっていられたら。


ひとつ間の区切り、いつも通りの闇、日常を営む空間に、声が漏れ湿ってゆく。
聖という異物ひとつで。あっさり反転する世界。


「……蓉子。」


とっくに暗順応した夜目に映る聖は、何かに耐えている顔つきをしている。
おわった、ばかりで、そういう顔をされると、私は途方にくれてしまう。
滲み出る欲は、ちっとも昇華されていやしないのだと主張されてでもいるようで。
上り詰めさせられてしまった私が、満ち足りているのがおかしなことだと言われているようで、じわりじわりと、熾が燻る。


「………あ、の。」


あぶられながらの無言に堪えかねて、かけた声。
極力動かないように気を使って。否、動けないまま。聖に向けた視線も逸らせないまま、彼女の反応を慎重に待ち受ける。


「ん…。」


無造作に髪を梳き連ねて、ようやく私に目を合わせた聖は、途端心細そうな表情に変わった。
心配、は確かに透けているのだけれど、それよりもっと過剰に溢れる、迷い子の雰囲気。
どうしてそんなかおをしてしまうの。わたしでは、あなたにやすらぎはあたえられないの?


「蓉子…?」

「……。」


ふ、と笑んだ貌は、青白く発光しているかのようで。
それは彼女が私のことが好きな癖、自分のことで精一杯だから。


「どした…?」

「……ない、の。」

「え、なに…?」


だからそんな聖に絞り出した私のことばを、いとも簡単に聞き流す。


「だ、だから…。」

「うん、」

「……このまま、なの?」

「……ああ。
 重い…?」


……それは、よいの、だけど。
私ばかりが熱い、わけでもないのは知っているけれど。


「…そっか、良かった。」


応えに安堵したのが気の緩みに繋がり、その間隙をついたとしか思えないタイミングで、指が動く。
堪らず漏れてしまった、声。


「…ん?」


聖に乗られたまま、聖に入られたまま。
こんな、……誘うような、


「ち、ちがうの。」

「…何も言ってないよ。」

「…!」


どう取り繕っても裏目に出る羽目になるのだと本当は気づいていて、それでも何もせずにはいられない、羞恥に押しつぶされている私に、聖は心底嬉しそうに笑って。
ああ、彼女の昇華がやっと叶ったのだと、胸を撫で下ろす私の裡を今度は確信の動きをもってそっとなぞった。










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From一口話31「-獣ト贄。」





似てきた、と言われた。
幾ばくかの無言の刻の後。心地良い倦怠感に身を任せ、このまま彼女を抱えて眠ってしまおう(きっと後で怒りはするだろうが、この手の我が儘は実は歓迎に近い形で許してくれる)と思っていた矢先だったから、私は尚のこと不機嫌になった。
蓉子が挙げるのが誰であろうと、間違いなくそれは他人の侵入であり、蓉子が私以外の存在に気を遣っているということである。


「…お姉さまに、良く。」

「…だから?」


そう、誰であっても。


「太刀筋、構え…未だ未だ未熟だけれど、それでも。
 親子なのね…。」


夢見るように蓉子は語る。腕は私の腰に回っているくせに、素肌同士を触れ合わせているというのに、私の瞳には確かに蓉子の視線が刺さっているのに!


「…令も。
 業は違うけれど…い、た。」

「…それで?」


湧き出た感情をそのままぶつけると、彼女の件の瞳はいつものように見開かれた。
いい加減驚いた表情をされると、精神の何処かの端が軋む。
進歩のないやりとりを繰り返すのは私が愚かだからだと、知ったところで何が変わる?


「自分も子が欲しいって?」

「…そんな事」

「どんな子だろうね、蓉子の子は。」


嗚呼止まらない、私はまた蓉子を傷つける。
既にはっきりと痛みを堪えたかたちをしている相手に、突き立てる鋭利。己の獲物よりずっと至近で、罪深く、ただひとりの血を吸い続けた、


「…お節介で世話焼きで、鬱陶しくて。」

「あ…。」

「挙句、勝手に人の中に踏み込んできてさぁ…!」


無言を打ち破ったのが呆けた吐息だったことに、私は慰められ、それ以上に苛立った。
赦さない、と耳元で囁いてやる。


「…く、ぁ。」


幾度でも。


「は、ぁ…。」


……子を生すなんて、赦せない。赦さない。
私以外の人に気を遣り続ける蓉子など。


「…そんなもの、見たくも無い。」

「…せい。」

「若しも………。」

「……あぁぁッ!!」


響き渡るのは悲鳴。突き立てた指は、折れそうなほどの狭隘に抵抗を受け。
ますます燃え上がる妬心。


「あぁ、あぁぁ…ッッ!」

「……噛み千切ってやる。」


宣言をすると、少しばかり、脳が冷えた。
悲鳴は弱まった分、悲哀の色を濃くし、私に縋る。
私しかいないのだから当然だが、それは私を煽るだけだと知っているのか。知っていて尚、止まれないのか。
私のように。


「ひ、ぁ……。」


痛いと、やめてと言い続ける呻き声は、確かに私のなかにも渦巻いていた。
ぜんぶ同じになってしまえばいい。痛がる蓉子に包まれているここから、強引に爪を立てさせた背中から、引き攣る声が聞きたいからなかなか塞げない開きっぱなしのその口から、溶けてしまって、ひとつになってしまえればいい。


「あぁぁ……ァァ…。」

「…神なぞ、に。」


蓉子と交わらせて、たまるものか。


「……いわな…ぃ、から…だか、ら…。
 だか…ら……。」


哀願が弱まる頃合、深く塞ぎ舌を絡め、吸い上げた。
赤みを帯びる肌に濡れる眼差しは勿論、髪の毛一筋、産毛の一本に至るまで、他の奴に渡したりなんかしない。


「………貴女は、私のもの。」


それを忘れたら…どうなるか、教えてあげる。
本当はどんな表情も、声ですら、分け与えたくなどないのだから。
切れ切れに懇願を繰り返す彼女は、声を搾り出す合間の呼吸で生き長らえている。


「おねがい…おねが、ぃ、だから…。」

「……蓉子。」


この思いが、正しく伝わることなど、有り得ない。
独占欲でありながら、万感としか呼べない、けざやかな鈍色の煌きが、蓉子には刺さるばかりで。


「い…ッ。」

「……良い、顔。」


彼女の内部で溶けてくれることも、私と一になってくれることも、けしてないのだと。


「………あぁぁぁ…ぁ。」

「…好きよ。」


だから愛の吐露は薄っぺらくなるばかりで、幾度も幾度も繰り返す毎にますます不安を煽り立てる。


「好きよ…蓉子。」


……だから、裏切りは赦さない。

しみ込ませた告白は、蓉子を震わせる。
それなのに私に満足をもたらしては、くれないのだ。


「……ぃ、で。」

「蓉子……。」


時とともに、蓉子の心身には無数の傷が刻まれていく。私のものだ。私だけのものだ。
私の下で苦しんでいる蓉子に好きと言い続ける。今の私の思いを、伝え続ける。


「……だ…な、ん…て。」

「ようこ…ようこ……ぉ。」


夢なんか、見ないで。


「………いわない、で。」


果てが近く理性を飛ばした蓉子の哀願を、私はいつもの睦言として聞いた。








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ざるそばさまへの捧げ物。勝手に地の文を妄想したものです。
色合いなど含め、素敵すぎる形で収納していただいて、嬉しかったです。











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